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しばし言葉は無かった。
斑雪も墓穴は掘りたくはない。その沈黙に倣ってコーヒーをちぴちぴ口にする。
そしてチラッチラッと幽玄を見ていた。
今日の幽玄は、私服姿ではあったが、眼鏡は外し髪をまとめている。
昨日と変わらない容姿に、斑雪はそれが同一人物だと気付かない。
(知ってる気がするんだけどなぁ)
甘いコーヒーを味わいながら、そんな事に思いを巡らす。
「あれからも回収したお前の兄、恨み言をずっと吐き続け叫んでいたらしいぞ」
幽玄は、阿紀良からの報告を口にする。
マグカップを持っていた斑雪の手がビクンッと跳ねた。
「あ、あの……その、兄は……」
「あぁ、まだ生きてる」
その言葉で、最初安堵の表情を見せた斑雪だったが、その顔が急に暗くなると、涙を必死に抑えて幽玄の方を向く。
その言葉がまだ生きていることを告げているのは、読み取れた。裏を返せば死と隣り合わせということである。
幽玄からしてみれば、消されて当然な男なのだが、今回の様に直ぐに処理せず生かしていることが珍しく、ただそれを教えただけのことだった。
だからといって許す気もないし、制裁は必要だった。
幽玄からしてみれば、こんなクズ兄がいなくなれば、斑雪も安心して暮らせると思ったからだ。
だが、斑雪から出た言葉は、幽玄の想像していたものとは違っていた。
「必ずお金はお返ししますっ!! そのっ……兄を、見逃してくれないでしょうか!!」
ビックリして一瞬幽玄は斑雪を二度見してしまった。
「あんなクソの為に人生捧げるっていうのか?」
「確かにそれはそうなんですが……それでも私にとっては家族なんです。もう家族を失いたくない。できる事なら何でもしますから」
必死に訴える斑雪のその言葉に、幽玄は何故か得も言われぬ苛立ちが湧き上がった。
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