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「野球部の練習です。最近啓吾先輩が野球してる人物をスケッチしてるから、今日一緒に行って描いてきたんです。動いてるとこは、やっぱり難しかったけど──」
デッサンはすべてピッチャーだった。短い時間で描いた筈だが、よく特徴を捉えている。
一年ながら本格派エースと評判の前橋だと、すぐにわかった。長身で、整った顔立ちをしている。女子にも人気があるらしかった。
窓の外に目をやると、ちょうど野球部の練習風景が真下にある。
澄人がピッチャーを見ていたのは、明らかだった。
スケッチブックを閉じようとする澄人の手にそっと手を重ねると、純一郎が聞いた。
「前橋が、いいのか──?」
「えっ──僕、そんなつもりじゃ」
澄人は純一郎の問いの意味に気付き、困惑した表情で純一郎の顔を見た。
「ごめん、ちょっと妬いたんだ」
澄人の手を握りながら、純一郎は詫びた。
「純先輩……僕……」
何か言いかけて、澄人の目が一瞬潤んだように見えた。少し背の高い純一郎の肩に、甘えるように顔を埋める。
純一郎はその体をぎゅっと抱きしめた。
「ピッチャーなんか見なくていい……俺を見ろよ……」
そしてその頬を手で挟むと、唇を重ね合わせていた。
夏の日に海で抱きしめてから、この体の、少年らしい弾けるような感触がずっと忘れられないでいた。
もう、他の誰にも渡したくない───
窓から差し込んできた夕日が、澄人の髪に当たっている。
二人はそのまま、日の暮れて行く教室で体を寄り添わせていた。
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