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「あ、山科来たか──クロッキーあっちでやろう」
純一郎は、慌ててクロッキー帳を棚から取り出して立ち上がったが、声が上擦ったのがわかった。
うしろで啓吾が、フフっと笑ったのが聞こえる。
その啓吾を横目で睨むと、純一郎は澄人の側に寄り、肩を抱くようにして、隣接した美術教室の方へ誘った。
「おっ、お二人さん、お似合いだな」
来たばかりの美術部員二人と、入口で鉢合わせすると、仲の良さをからかわれた。
軽い口調で暖かさがあり、悪気は感じられない。それを廊下で眺めていた女子生徒達も微笑を浮かべている。
当の澄人だけが、恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいた。でも肩に回された手から逃れようとはせず、黙って純一郎に体を預けている。
───澄人が入部してきてから、ずっとこうだ。
純一郎は澄人の小鹿のような愛らしさに、すっかり夢中なのだ。先輩部員として何かと側にいて、世話を焼いている。
回りは純一郎が、澄人に特別な好意を寄せている事に気付いていたが、それをズバリと指摘されたのは、今日の啓吾が初めてだった。
美術部の活動は、特に決められていない。外に風景のスケッチに行く者もあれば、中で好きな題材の油絵を描く者もいる。
ただ、人数が揃うと、時々部長の掛け声で交代でモデルをしながら、人物画のクロッキーをする。短時間でするスケッチだから回数は多くなる。
そのクロッキーを純一郎は、ほぼ毎日澄人を相手にやっているのだった。
圧倒的に澄人がモデルになって、純一郎が描く方が多い。
「──座った方がいいですか?」
「そうだな、その机に腰を下ろして、手をついてみて。 脚を組んで──そうそう、そんな感じ」
澄人がポーズをとると、純一郎の目つきは急に真剣になる。
小づくりの整った顔立ち──黒目がちの印象的な瞳、薔薇色の唇、ほっそりとした体つき。クロッキーでは細部まで描かないが、その何もかもが、ずっと見ていたくなる程、魅力的だった。
「今度は立ってくれるか? 腕上げて、目線あっちで──」
「これでいいですか…?」
じっと熱い視線を送られて、見つめられることで、澄人の方もだんだん純一郎の事を意識し始めている。
ポーズを変えるときに、うっとりと熱のこもった目で、純一郎を見返すようになっていた。
その度に、純一郎の鉛筆を持つ手が止まった……
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