1977年 春

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「あ、山科来たか──クロッキーあっちでやろう」 純一郎は、慌ててクロッキー帳を棚から取り出して立ち上がったが、声が上擦ったのがわかった。 うしろで啓吾が、フフっと笑ったのが聞こえる。 その啓吾を横目で睨むと、純一郎は澄人の側に寄り、肩を抱くようにして、隣接した美術教室の方へ誘った。 「おっ、お二人さん、お似合いだな」 来たばかりの美術部員二人と、入口で鉢合わせすると、仲の良さをからかわれた。 軽い口調で暖かさがあり、悪気は感じられない。それを廊下で眺めていた女子生徒達も微笑を浮かべている。 当の澄人だけが、恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいた。でも肩に回された手から逃れようとはせず、黙って純一郎に体を預けている。 ───澄人が入部してきてから、ずっとこうだ。 純一郎は澄人の小鹿のような愛らしさに、すっかり夢中なのだ。先輩部員として何かと側にいて、世話を焼いている。 回りは純一郎が、澄人に特別な好意を寄せている事に気付いていたが、それをズバリと指摘されたのは、今日の啓吾が初めてだった。 美術部の活動は、特に決められていない。外に風景のスケッチに行く者もあれば、中で好きな題材の油絵を描く者もいる。 ただ、人数が揃うと、時々部長の掛け声で交代でモデルをしながら、人物画のクロッキーをする。短時間でするスケッチだから回数は多くなる。 そのクロッキーを純一郎は、ほぼ毎日澄人を相手にやっているのだった。 圧倒的に澄人がモデルになって、純一郎が描く方が多い。 「──座った方がいいですか?」 「そうだな、その机に腰を下ろして、手をついてみて。 脚を組んで──そうそう、そんな感じ」   澄人がポーズをとると、純一郎の目つきは急に真剣になる。 小づくりの整った顔立ち──黒目がちの印象的な瞳、薔薇色の唇、ほっそりとした体つき。クロッキーでは細部まで描かないが、その何もかもが、ずっと見ていたくなる程、魅力的だった。 「今度は立ってくれるか? 腕上げて、目線あっちで──」 「これでいいですか…?」 じっと熱い視線を送られて、見つめられることで、澄人の方もだんだん純一郎の事を意識し始めている。 ポーズを変えるときに、うっとりと熱のこもった目で、純一郎を見返すようになっていた。 その度に、純一郎の鉛筆を持つ手が止まった……
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