1977年 春

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1977年 春

加納純一郎(かのうじゅんいちろう)は高校二年生になった。 入学してからずっと美術部に属している。 放課後、部室として使っている美術準備室に行くと、日向啓吾(ひゅうがけいご)がひとりでいる。早い時間で他には誰も来ていない。 その啓吾は、純一郎の姿を見ると、読みかけの美術雑誌を持ったまま近付いてきて、いきなりこう話し掛けた。 「お前さ、山科のこと好きなんだろう?」 「えっ……? 何だよ、急に」 純一郎は言葉に詰まった。 「隠すなよ──お前、いつもあいつの事見てるし。 お前の素振見てると丸わかりだよ」 実は、この4月に美術部に入部してきた一年生、山科澄人(やましなすみと)の存在が、純一郎の心を大きく掻き乱していたのだった。 自分でもまだ自覚していない、何と呼んだらいいのかわからないその感情を、啓吾に見抜かれた事に、純一郎は動揺した。 啓吾とはクラスも部活も一緒で、気が合う。言いたい事を言える悪友だった。 啓吾は純一郎の返事を待つかのように、顔を見上げながら傍らの椅子に座った。 純一郎は黙ったまま、その横に腰を下ろし、やっとのことで、こう答えた。 「よく、わからないよ──ただ、あいつのことは、すごく可愛いと思う」 「それが好き、ってことなんだよ。 いいんじゃないか。それに、俺だって──」 そして啓吾は、驚く様な発言をした。 「俺だって男も悪くないと思ってるし」 その意味に、純一郎が返す言葉を失って啓吾の顔を見つめたその時、部屋の扉を開けて、小柄な少年がこちらを覗き込んだ。 「純先輩……」 茶色のサラサラした髪を、少し長めに伸ばしている。 色白で、滑らかな頬。まだその表情はあどけない。大きな瞳が、純一郎の姿を探すように動いた。 それが噂の主、一年生の山科澄人だ。 見る者の心を和ませるような、優しい笑顔の美少年だった。   
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