1人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
1977年 春
加納純一郎は高校二年生になった。
入学してからずっと美術部に属している。
放課後、部室として使っている美術準備室に行くと、日向啓吾がひとりでいる。早い時間で他には誰も来ていない。
その啓吾は、純一郎の姿を見ると、読みかけの美術雑誌を持ったまま近付いてきて、いきなりこう話し掛けた。
「お前さ、山科のこと好きなんだろう?」
「えっ……? 何だよ、急に」
純一郎は言葉に詰まった。
「隠すなよ──お前、いつもあいつの事見てるし。 お前の素振見てると丸わかりだよ」
実は、この4月に美術部に入部してきた一年生、山科澄人の存在が、純一郎の心を大きく掻き乱していたのだった。
自分でもまだ自覚していない、何と呼んだらいいのかわからないその感情を、啓吾に見抜かれた事に、純一郎は動揺した。
啓吾とはクラスも部活も一緒で、気が合う。言いたい事を言える悪友だった。
啓吾は純一郎の返事を待つかのように、顔を見上げながら傍らの椅子に座った。
純一郎は黙ったまま、その横に腰を下ろし、やっとのことで、こう答えた。
「よく、わからないよ──ただ、あいつのことは、すごく可愛いと思う」
「それが好き、ってことなんだよ。 いいんじゃないか。それに、俺だって──」
そして啓吾は、驚く様な発言をした。
「俺だって男も悪くないと思ってるし」
その意味に、純一郎が返す言葉を失って啓吾の顔を見つめたその時、部屋の扉を開けて、小柄な少年がこちらを覗き込んだ。
「純先輩……」
茶色のサラサラした髪を、少し長めに伸ばしている。
色白で、滑らかな頬。まだその表情はあどけない。大きな瞳が、純一郎の姿を探すように動いた。
それが噂の主、一年生の山科澄人だ。
見る者の心を和ませるような、優しい笑顔の美少年だった。
最初のコメントを投稿しよう!