第一章

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 着替えを終えた佑は、顔を洗ってリビングへと向かった。 「おはよ」  あくびをかみ殺しながらリビングに足を踏み入れると、「あ、おはよ、リーダー」と南奈(なな)が振り向いて挨拶をした。あどけない顔立ちの南奈の手にはゲームのコントローラーが握られており、テレビ画面には格闘ゲームのポーズ画面が映っている。  南奈の隣には冬馬(とうま)が座っていた。南奈の相手をしているらしく、細く長い指でコントローラーを握っている。  冬馬は佑に軽く会釈をすると、画面に向き直った。同じタイミングで南奈も画面に向き直る。  ポーズ画面が解除され、格闘ゲームが再開された。  佑はそれを眺めながら、ダイニングテーブルの椅子を引く。 「あ、ちょっと、冬馬……!」  冬馬は素早い動きで寸分の狂いもなく指先を動かし、攻撃を繰り出していた。ゲームが得意な冬馬からしたらそれが普通なんだろうが、素人には目で追うことすら難しい。 「冬馬、私が負けたらどうなるか分かってるんでしょうね!」 「え……」  冬馬の手元が狂う。 「今だっ!」  南奈がコマンドを入力し、必殺技を繰り出した。冬馬のキャラクターが遠くに飛んでいく。 「やったー!」  南奈が両手を上に突き上げた瞬間、ベランダに通じる窓が開いて、(めぐみ)が入って来た。 「こら、南奈!」 「いてっ!」  恵はリビングに入ってくるや否や、南奈の頭頂部にチョップをかました。南奈は上げた手で頭を抑える。 「どうして冬馬をいじめるの。そして冬馬、びびりすぎ。あんたも手加減しなさいよ」  冬馬はというと、リビングの角で丸くなっている。南奈からの報復を恐れているのだ。 「おはよ~、恵」 「おはよう、佑。もうお昼だよ」  壁掛け時計は十二時を少し過ぎたあたりを指していた。 「起きたらその時が朝だもん」  ぷくっと頬を膨らませる佑に、「いい歳した大人がそんな顔したってかわいくないから」と笑いながら恵は言った。  洗濯物籠を手にリビングを出て行った恵と入れ替わるようにして、夜雲(よぐも)がやって来た。 「あら、おはようございます。佑さん」 「おはよ」  じょうろを手にした夜雲は、リビングの観葉植物に水をやると、窓際の小さな鉢の隣にじょうろを置いた。水やりが済んだのだろう。そのままキッチンへと入っていく。 「ねえ、ご飯まだぁ?」  佑はダイニングテーブルの上にうつ伏せになりながら、キッチンで洗い物をしている航に声をかけた。 「俺は作らねえよ」  素っ気ない返事に「え~」と佑は非難の声を上げる。 「そこにいるのに?」 「俺は洗い物をしているだけだ」 「ケチ」 「温めるだけだろ。自分でやれ」 「じゃあ食べない」  ぷいと顔を背ける佑。  航は深いため息をついて、キッチンの奥にある冷蔵庫へと足を向けた。 「航さん、あまり甘やかさない方がいいわよ」  コーヒーを作っていた夜雲が声をかける。 「分かってる。でも、放っておくと、本当に飯を食べようとはしない」 「何度か見たことある光景ね」 「どうにかならんか?」 「無理ね。あそこまで甘えん坊になったら、もう手遅れよ」  航の脳内には、佑のためを思って手を出したあれやこれやが浮かぶ。 「……そうか」  もう一度ため息をついて、航はハンバーグをレンジにかけた。    ×   ×   ×  壁掛け時計が十四時を指した。  ダイニングテーブルを囲むように、佑、航、恵、夜雲、冬馬、南奈が座った。 「ミーティングを始めます!」 「学級会か」  呆れたように航が突っ込む。 「まずはこの前の依頼について」  六人は、この家で共同生活を送っている。 「航、お願い」  表向きには企業の依頼を受けるデザイナーと謳っているが、その実は、警察が取り締まらなかった犯罪者を闇に葬るのが仕事だ。 「結果から報告すると、依頼は完遂。目標人物(ターゲット)の暗殺は成功した。また、情報収集時に余罪が発覚したため、依頼者にはその報告も完了している。以上」  権力者──主に政治家は、警察に金銭を渡すことで罪をもみ消していた。メディアも、今では権力者の思うままに操られている。 「じゃあ、続いて、今回の依頼について」  警察がまともに機能しないならと、民間の人々が立ち上がった。  ──人間を手にかけられるものは、人間ではない。  それゆえ、立ち上がった人々は動物(アニマル)と呼ばれている。  佑をはじめ、この六人も動物(アニマル)だった。 「今回の依頼は(ドッグ)から流れてきた依頼だ」  (ドッグ)というのは、動物(アニマル)の中の一つの組織である。二十人規模の組織で、動物(アニマル)の中では中規模といったところだろう。主に人を守る依頼をこなしている。 「依頼内容は、レイプ犯の抹殺」 「うげぇ、レイプ犯……」 「死んだほうがまし」  嫌そうな顔で南奈が呟き、恵がばっさりと切り捨てた。  この六人は(キャット)という、たった六人の小規模組織である。それゆえ、直接依頼を受けることは少なく、(ドッグ)や他の同業他社から依頼を流してもらうことが多い。 「依頼者の友人がレイプ被害に遭ったが、警察は親から賄賂を受け取り、犯人は無罪になった。犯人は政治家の息子。他にも余罪がありそうだという話もある。そこは情報収集で一つずつ探っていこうと思う。以上。何か質問は?」 「依頼者には、私たちが担当するということは伝えているのかしら」  夜雲が質問した。 「ああ、(ドッグ)は手一杯なため、(キャット)が請け負うと伝達済みだ。他には」  手は上がらなかった。 「ないなら、部隊に移る。情報収集が俺と夜雲。先攻部隊が恵、冬馬、南奈。後攻部隊が佑、俺、夜雲。以上。何か質問は?」 「はいっ!」  佑が手を挙げた。 「なんだ」  怪訝そうな顔で航が答える。 「先攻部隊がいいって言ったのに、航に却下されました」  またそれかと、航はため息をついた。 「お前が怪我したらどうすんだ。リーダーだろ」 「だってぇ、後攻部隊つまんないんだもん。後片づけくらいしかやることないし」 「つまんなくても、お前は『一応』リーダーなんだから、前線に出すわけにはいかない」 「むぅ……」 「一応っていうところには何も言わないのね」  ツッコミ役がいないため、夜雲が仕方なしに言った。 「他にないなら、今日は以上だ」 「まだあります! 俺、前線に出たいです!」 「じゃあ、解散」  佑以外に異論をぶつけるものはおらず、不貞腐れてテーブルに突っ伏した佑を残し、五人は解散した。
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