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情報収集は滞りなく進んだ。航は大学の教授や親類を中心に、夜雲は目標人物の友人を中心に情報を集めた。
「どうだった?」
「最低な方々ばかりね」
午後のティータイム中だというような雰囲気の航と夜雲だが、実際には情報の交換をしている。ベランダの日当たりのよい場所に設置されたテーブルにそれぞれコーヒーと紅茶を用意し、お互いがどこまで情報収集をしたか確かめ合っているのだ。
「どのご友人方も、レイプを娯楽のようにとらえてる」
「そうか」
「ご友人ごと抹殺というのは……」
「依頼内容から離れるからできないな」
「そうよね……」
歯がゆいように夜雲は息をついた。
「高瀬望、二十二歳、医学生。政治家の息子。短気で、友人とのトラブルも多く起こしているというのは、大学の教授もよく知っていた。大学入試は裏金を使い、試験は受けていない。講義もほとんど出ておらず、教授に直接金を渡し、出席していることにしてもらっているらしい」
「本当に、どこまでも最低ね。ご友人の話によると、それに反対する教授は、解雇されたという噂もあるみたいよ。救いようがない」
「終わってるな」
「ええ、終わってる。ある方は、いつも数人で遊び歩いていて、女子大学生を誘っては、レイプか、それに近しいことをしているとも」
「……同情の余地もないな。死んだほうがましだ」
「私たちが手にかけるから大丈夫よ。この世から消えてもらうから」
それと、と夜雲は一枚の紙きれを差し出した。そこには日時が書かれている。
「今度、パーティーがあるそうよ。医学生の中でもお金持ちの息子だけを集めた、婚活パーティー。主催は目標人物のお父様。女性は学内学外問わず、年齢も不問。綺麗な女性なら誰でもオッケー」
「なんで夜雲がこんなものを持ってるんだ?」
「誘われたのよ」
「……口説かれたんじゃないのか?」
「そうとも言うわね」
航は紙きれを拾い上げた。一週間後の日付が書かれている。
「決行はこの日が一番いいかもな」
「そうね。人通りの少ない廊下で始末すればいいと思う」
「まだ時間があるから、余罪だけ調べよう。殺すに値する人間だということはよく分かった」
「護衛がつくような身分でもないし、すぐに終わるでしょう」
「じゃあ、決行までは余罪を調べる時間にしよう」
「そうしましょう」
二人はコーヒーと紅茶を飲み干すと、リビングへと引き上げた。
× × ×
結構前日のミーティングは、いつも通り十四時から行われた。六人はいつも通りにダイニングテーブルを囲む。
「ミーティングを始めます!」
「子供か」
「まあ、みんなにはなんとなく話してあるけど、航と夜雲から情報のまとめを発表してもらおうかな」
佑は航と夜雲に目配せをした。
「目標人物は高瀬望、二十二歳、医学生。こいつだ」
航がパソコンの画面を五人に向けた。そこには、甘いマスクの若者が写っている。
「短気で、主に金銭がらみの友人とのトラブルも多く起こしている。裏金を使って大学に入学した後も、裏金を使って単位を取得。それをなんとか止めようとした教授たちは解雇され、彼らは新しい大学も見つけられず、路頭に迷っている。夜な夜な遊び歩いては、女子大生、OL、果ては高校生まで手を出し、レイプかそれに近しいことをしている。被害者は、ざっと調べただけでも二十二人」
「二十二人……」
思わず南奈が呟いた。
「ただ、覚えていないと発言する者も多く、実際はそれ以上の被害人数が出ていると思われる。明日は父親が主催する婚活パーティーが行われ、大学生を中心に、さまざまな人間がホテルの宴会場に訪れる。そこで、人気のない廊下に目標人物をおびき出し、息の根を止めるという計画を考えている。何か質問は?」
「その役割って……」
南奈が嫌な予感がするとでも言いたげな顔で言った。
「一番年齢が近い南奈にやってもらおうと思う」
「ですよねぇ……」
南奈は大きなため息をついてテーブルに突っ伏した。
「やりたくないよぉ……」
「できるのは南奈しかいない」
「でもぉ……」
「もし本当に嫌なら恵にやってもらう」
「代わりいるじゃん……」
「どうする?」
南奈はのそっと顔を上げた。
「……リーダーもいる?」
じっと佑の顔を見つめる。
「俺もいるよ」
「……先攻部隊?」
「そう、先攻──」
「後攻部隊だ」
航が割って入った。
「……後攻部隊だって」
佑は不貞腐れたように口を尖らせる。
「……リーダーと一緒がいい」
「それは無理だ。南奈は先攻部隊だろ」
「でもぉ……」
南奈は佑のことを心の底から好いている。地獄のような家庭環境で育った南奈を助けたのは佑だった。
「南奈」
佑が声をかける。
「南奈は、今回の作戦、参加したい?」
「……」
南奈は口を閉ざした。悩んでいるようだった。
「レイプ犯なんて、誰も近寄りたくはないよな。気持ち悪いし、怖い。でも、俺たちは被害に遭うために行くんじゃない。被害を食い止めるために行くんだ。復讐しに行くと捉えることもできるけど、俺はそうは考えてない。これから被害に遭うだろう人を助けに行くんだ」
南奈はどうしたい、ともう一度聞いた。
「……リーダーは参加するんでしょ?」
「もちろん、参加する」
「……じゃあ、私も参加する」
「本当に無理だったら、ここで待っててもいいんだぞ?」
「やだ、参加する。参加して、みんなを助ける」
まだ少し嫌そうにしているが、南奈は参加する決意を固めたようだった。
「いい子だ、南奈」
佑はそう言うと、南奈の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ちょっと、リーダー……! ぼさぼさになっちゃう!」
「ぼさぼさでも南奈はかわいいよ~! もっとかわいくしてやる!」
「やめて!」
まるで兄妹のようにじゃれ合う二人を、「……ミーティングはどうするんだ」と航は呆れた目で見た。
「あ、まあ、そういうことで。いつも通り準備してくれればいいから。終わりっ!」
「そんな適当な締め方があるか!」
「いでっ!」
ぺちっと頭を叩かれて、佑はテーブルの上に撃沈した。
「だってぇ、他に何かある?」
佑が聞くが、誰も手を挙げない。
「ほら、何もないって」
「だからって、決行前日なんだから、もう少しきちんとだな……」
「航さん」
夜雲が見かねて声をかけた。
「佑さんに節度を求めても意味ないわよ。甘やかされて育ったんだから」
「あ、夜雲、それはひどいよ!」
「……たしかに、そうだな」
「航も!」
「じゃあ、解散で」
「みんなあああ!」
喚き散らかす佑をよそに、五人は明日の準備に取り掛かった。
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