第一章

4/6
前へ
/23ページ
次へ
 情報収集は滞りなく進んだ。航は大学の教授や親類を中心に、夜雲は目標人物(ターゲット)の友人を中心に情報を集めた。 「どうだった?」 「最低な方々ばかりね」  午後のティータイム中だというような雰囲気の航と夜雲だが、実際には情報の交換をしている。ベランダの日当たりのよい場所に設置されたテーブルにそれぞれコーヒーと紅茶を用意し、お互いがどこまで情報収集をしたか確かめ合っているのだ。 「どのご友人方も、レイプを娯楽のようにとらえてる」 「そうか」 「ご友人ごと抹殺というのは……」 「依頼内容から離れるからできないな」 「そうよね……」  歯がゆいように夜雲は息をついた。 「高瀬(たかせ)(のぞむ)、二十二歳、医学生。政治家の息子。短気で、友人とのトラブルも多く起こしているというのは、大学の教授もよく知っていた。大学入試は裏金を使い、試験は受けていない。講義もほとんど出ておらず、教授に直接金を渡し、出席していることにしてもらっているらしい」 「本当に、どこまでも最低ね。ご友人の話によると、それに反対する教授は、解雇されたという噂もあるみたいよ。救いようがない」 「終わってるな」 「ええ、終わってる。ある方は、いつも数人で遊び歩いていて、女子大学生を誘っては、レイプか、それに近しいことをしているとも」 「……同情の余地もないな。死んだほうがましだ」 「私たちが手にかけるから大丈夫よ。この世から消えてもらうから」  それと、と夜雲は一枚の紙きれを差し出した。そこには日時が書かれている。 「今度、パーティーがあるそうよ。医学生の中でもお金持ちの息子だけを集めた、婚活パーティー。主催は目標人物(ターゲット)のお父様。女性は学内学外問わず、年齢も不問。綺麗な女性なら誰でもオッケー」 「なんで夜雲がこんなものを持ってるんだ?」 「誘われたのよ」 「……口説かれたんじゃないのか?」 「そうとも言うわね」  航は紙きれを拾い上げた。一週間後の日付が書かれている。 「決行はこの日が一番いいかもな」 「そうね。人通りの少ない廊下で始末すればいいと思う」 「まだ時間があるから、余罪だけ調べよう。殺すに値する人間だということはよく分かった」 「護衛がつくような身分でもないし、すぐに終わるでしょう」 「じゃあ、決行までは余罪を調べる時間にしよう」 「そうしましょう」  二人はコーヒーと紅茶を飲み干すと、リビングへと引き上げた。    ×   ×   ×  結構前日のミーティングは、いつも通り十四時から行われた。六人はいつも通りにダイニングテーブルを囲む。 「ミーティングを始めます!」 「子供か」 「まあ、みんなにはなんとなく話してあるけど、航と夜雲から情報のまとめを発表してもらおうかな」  佑は航と夜雲に目配せをした。 「目標人物(ターゲット)は高瀬望、二十二歳、医学生。こいつだ」  航がパソコンの画面を五人に向けた。そこには、甘いマスクの若者が写っている。 「短気で、主に金銭がらみの友人とのトラブルも多く起こしている。裏金を使って大学に入学した後も、裏金を使って単位を取得。それをなんとか止めようとした教授たちは解雇され、彼らは新しい大学も見つけられず、路頭に迷っている。夜な夜な遊び歩いては、女子大生、OL、果ては高校生まで手を出し、レイプかそれに近しいことをしている。被害者は、ざっと調べただけでも二十二人」 「二十二人……」  思わず南奈が呟いた。 「ただ、覚えていないと発言する者も多く、実際はそれ以上の被害人数が出ていると思われる。明日は父親が主催する婚活パーティーが行われ、大学生を中心に、さまざまな人間がホテルの宴会場に訪れる。そこで、人気のない廊下に目標人物(ターゲット)をおびき出し、息の根を止めるという計画を考えている。何か質問は?」 「その役割って……」  南奈が嫌な予感がするとでも言いたげな顔で言った。 「一番年齢が近い南奈にやってもらおうと思う」 「ですよねぇ……」  南奈は大きなため息をついてテーブルに突っ伏した。 「やりたくないよぉ……」 「できるのは南奈しかいない」 「でもぉ……」 「もし本当に嫌なら恵にやってもらう」 「代わりいるじゃん……」 「どうする?」  南奈はのそっと顔を上げた。 「……リーダーもいる?」  じっと佑の顔を見つめる。 「俺もいるよ」 「……先攻部隊?」 「そう、先攻──」 「後攻部隊だ」  航が割って入った。 「……後攻部隊だって」  佑は不貞腐れたように口を尖らせる。 「……リーダーと一緒がいい」 「それは無理だ。南奈は先攻部隊だろ」 「でもぉ……」  南奈は佑のことを心の底から好いている。地獄のような家庭環境で育った南奈を助けたのは佑だった。 「南奈」  佑が声をかける。 「南奈は、今回の作戦、参加したい?」 「……」  南奈は口を閉ざした。悩んでいるようだった。 「レイプ犯なんて、誰も近寄りたくはないよな。気持ち悪いし、怖い。でも、俺たちは被害に遭うために行くんじゃない。被害を食い止めるために行くんだ。復讐しに行くと捉えることもできるけど、俺はそうは考えてない。これから被害に遭うだろう人を助けに行くんだ」  南奈はどうしたい、ともう一度聞いた。 「……リーダーは参加するんでしょ?」 「もちろん、参加する」 「……じゃあ、私も参加する」 「本当に無理だったら、ここで待っててもいいんだぞ?」 「やだ、参加する。参加して、みんなを助ける」  まだ少し嫌そうにしているが、南奈は参加する決意を固めたようだった。 「いい子だ、南奈」  佑はそう言うと、南奈の頭をわしゃわしゃと撫でた。 「ちょっと、リーダー……! ぼさぼさになっちゃう!」 「ぼさぼさでも南奈はかわいいよ~! もっとかわいくしてやる!」 「やめて!」  まるで兄妹のようにじゃれ合う二人を、「……ミーティングはどうするんだ」と航は呆れた目で見た。 「あ、まあ、そういうことで。いつも通り準備してくれればいいから。終わりっ!」 「そんな適当な締め方があるか!」 「いでっ!」  ぺちっと頭を叩かれて、佑はテーブルの上に撃沈した。 「だってぇ、他に何かある?」  佑が聞くが、誰も手を挙げない。 「ほら、何もないって」 「だからって、決行前日なんだから、もう少しきちんとだな……」 「航さん」  夜雲が見かねて声をかけた。 「佑さんに節度を求めても意味ないわよ。甘やかされて育ったんだから」 「あ、夜雲、それはひどいよ!」 「……たしかに、そうだな」 「航も!」 「じゃあ、解散で」 「みんなあああ!」  喚き散らかす佑をよそに、五人は明日の準備に取り掛かった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加