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第二章
ある日の夕方だった。
「リーダーああああああああ!!!」
南奈が、ものすごい勢いで転がるように玄関の扉を開けた。
「何何何何!?」
ソファでだらだらしながらスマートフォンをいじっていた佑は、南奈の声に驚いて飛び起きた。
「どうしよう……」
「えっ、何!?」
南奈の泣きそうな声を聞いて、佑はスマートフォンを投げ出して玄関まで走った。
「どうしたの、南奈」
「拾った」
「何を?」
「人」
「人!?」
頷いて、南奈は外へと出た。しかし、すぐに背中に一人の女性を背負って再登場した。茶髪の女性は、ぐったりと背中に身体を預けている。
「え、待って、何これ、どういうこと!?」
パニックになっている佑の代わりに、あとから来た航が聞いた。
「何があったんだ?」
「すぐそこにこの人が倒れてた。すごい熱いから、多分、熱出してると思う」
航が「ちょっと触るぞ」と、南奈の背中に乗る女性の額に手をやった。女性はぴくりとも反応せず、荒い呼吸を続けている。
「熱いな。とりあえず、ソファかどこかに寝かせるか。佑、いいよな」
航はリーダーの佑に確認を取った。
「え?」
「え、じゃねえよ。リーダー、しっかりしろ」
航に尻を叩かれて、はっと佑は我に返った。
「あ、うん、いいよ。家に上げて。リビングのソファにでも寝かせて」
南奈は女性を背負い、家に上がると、リビングのソファに女性を下ろした。赤い顔のまま、呼吸も辛そうだ。南奈はひざ掛けを掛けてやった。
「まあ、どうしたの?」
「そこに倒れてたらしい」
「あらあら。薬あったかしら」
夕飯の準備をしていた夜雲は火を止めると、薬箱を取りに廊下へと出て行った。
「何か冷やすものあったっけ?」
そう言いながら、恵は冷蔵庫の中を漁った。
冬馬はゲームを中断して、心配そうに女性を見つめている。
「……ん」
女性が目を開いた。長いまつげの下の瞳には、薄っすらと涙の膜が張っている。
「あ、れ……」
「あ、分かりますか?」
「病、院……?」
「いえ、私の家です。近かったので、とりあえず運びました」
南奈が女性の相手をする。
「すごい熱ですよ。これ、使ってください」
南奈は恵から氷嚢を受け取ると、渡そうとした。
「あ、いや、大丈夫です……」
女性はそう言うと、ゆっくりと身体を起こした。
「すみ、ません、ご迷惑、おかけしました」
女性はそう言って立ち上がろうとしたが、ふらりと身体が傾く。
「おっと」
それを航が支えて、ソファに座り直させた。
「ごめん、なさい」
「もう少し休んでいきましょ。さすがに、このまま帰せません」
南奈はそう言いながら、手を取って氷嚢を乗せた。女性はぴくりと肩を跳ねさせる。
「薬、あったわよ」
夜雲は薬箱を手に、リビングへと戻って来た。
「ほら、これ飲んで、ちょっと休みましょ」
タイミングよく、冬馬が来客用のマグカップに水を汲んできた。
「すみません……」
女性は謝りながらも、薬とマグカップを南奈から受け取った。
「どうしてあそこにいたんですか?」
薬を飲んだ女性に、南奈が聞く。
女性は「なんでも、ないんです」と答えた。
「なんでもなかったら、あんなところに倒れたりしないですよ」
南奈に言われて、女性は困ったように笑った。
「……ホームレスなんです、私。この前、仕事辞めさせられちゃって。小さな会社だから、資金難で、人を雇えないって。仕方ないんですけど、他に働き口も見つからなくて、家賃も払えなくて、追い出されちゃって、あそこの公園にいたんですけど、風邪ひいちゃって、移すなって追い出されて」
公園は家を失ったホームレスが集まって暮らしているため、子供が遊べるような場所ではなくなっている。それどころか、ホームレスの人を狙って不良たちが暴れ回っているため、近所の人も近づかない。
「だから、あそこで倒れてた……」
「すみません、迷惑ですよね。すぐに帰ります。あの、薬代は──」
「ここで働かない?」
「え?」
全員の視線が壁に背中を預けて立っていた佑に向けられた。
「働き口、ないんだよね? ここで働かない?」
「働くって……何をされてるんですか?」
「動物」
「おい、佑」
航が止めに入る。
「一般人だぞ。急に──」
「素質あるよ、その人。じゃなきゃ、ばらさないって」
航は頭を抱えた。メンバーを増やす時は相談しろと言っているのに、佑は守ったことがない。
「動物……」
「どう? 素敵な職業でしょ?」
佑は笑いかけた。
「……人を、その……殺すんですか?」
「うん。悪い人だけね」
その言葉に、女性は怯えるように小さくなった。
「働かないって言ったら……」
「何もしない。元いた場所に帰してあげる。でも、働くなら、ここに住めるよ」
熱で浮かされた頭の中で、女性は必死に考えた。
元いた公園に戻るか、屋根のあるこの家で暮らすか。
「……働いてみても、いいですか?」
女性は、衣食住の保証された暮らしを選択した。
「うん。合わなかったらいつでも辞めていいからね。人生は自由だよ~」
佑は暢気に言う。
「部屋はあと三部屋余ってるから、どこか使って。あと──」
「佑、ちょっと来い」
険しい顔をした航が、佑の腕を掴んで廊下に出た。
「何?」
「アホ! ちゃんと相談しろって言ってるだろ!」
扉を閉めると同時に怒鳴った。
「メンバーが増えると、いろいろと大変になるんだ。食事も、作戦も、今までと変わっちまうだろ」
「いいじゃん、変えれば」
「馬鹿、ちゃんと知りもしない一般人を突然メンバーにして、どんな特技があるかも、どこで戦力になるかも分からないのに、何を考えてるんだ!」
「あの人は先攻部隊に入れるよ。冬馬みたいな逃げ足の早さがあるわけじゃないけど、それなりに素早く動ける」
「なんで分かるんだよ」
「なんとなく。直感」
航は呆れた目で佑を見た。佑の直感は、ほぼ百パーセント当たる。恵、冬馬、夜雲、南奈をメンバーに入れた時も、今日のように突然で、そして、それぞれの得意な戦術、戦法をすぐに見抜いた。恵の社交性と集団に溶け込む能力の高さ、冬馬の逃げ足の早さと護身術、夜雲の情報収集能力と細かい部分まで気づく力、南奈の勇敢さと度胸の強さ。航とは長い付き合いがあるものの、恵、冬馬、夜雲、南奈に至っては、初対面でそれを見抜いた。
「……お前の人を見る力の高さは評価する。だが、こっちにも心の準備ってものをさせてくれ」
「それはごめん」
佑は笑って言った。
「ねえ、そろそろいい?」
リビングの扉が開いて、恵が顔を出した。
「全部聞こえてたよ」
苦笑しながら、恵は言う。
「ごめん、ごめん」
佑は両手を合わせて謝りながらリビングに戻った。
「ということで、新メンバーとして受け入れようと思います。ようこそ、猫へ」
いまだ戸惑いを見せる女性に、佑は歓迎の意を示す。
「仕事は簡単。悪い奴をやっつけるだけ。表向きにはデザイナーってことにしてあるから、誰かに仕事を聞かれたら、デザイナーって答えてもらえると嬉しいな」
ところで、と佑はソファに腰を掛ける女性の前に座った。
「お名前、教えてもらってもいい?」
女性は、戸惑いながらも「久留米添華です」と答えた。
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