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添華は才能に溢れた女性だった。
冬馬から護身術を習い始めると、瞬く間に吸収していき、二か月後には仕事に参加するようになった。
初めての仕事では緊張を見せていたものの、適応力も高く、すぐに馴染んでいった。
共同生活でも持ち前のお人よしを発揮して、みんなから頼られる存在になっていった。
「……なんか、添華ばっかり引っ張りだこでズルい」
ある日、ダイニングテーブルでぼーっとしていた佑が呟いた。
「ズルいって何?」
斜め向かい側に座っていた恵が答える。
「何かあるとすぐに添華添華って頼られてるのズルい」
「じゃあ、頼られるように佑も頑張ったら?」
「頑張ってるもん」
「まずは一人で早起きするところからかな」
「それは無理」
添華は今、南奈と買い物に行っている。最近、買い物に行く人はこぞって添華に声をかけるようになり、以前のような誰も手伝ってくれないという悲劇は起こらなくなっていた。
「テレビ消す?」
買い物に行く直前まで添華が見ていたテレビがつけっぱなしで流れていた。添華がテレビを消す間もなく、南奈が連れ去って行ったのだ。
テレビでは夕方のニュースをやっているが、どれもこれも、政治家などの権力者が手を入れているため、どれが真実か分からないような状態だった。
「消して~」
佑は自分で動く気はないらしく、だら~っとテーブルに凭れたまま言った。
「子供みたいだよね、ホント」
恵はため息をつきながら立ち上がった。
『続いてのニュースです』
アナウンサーは明るい顔で続ける。
『海外を拠点に仕事をしている政治家、木島敬さんのご子息が、来日することが決まりました』
「待って」
リモコンを手に取った恵に、佑が言った。
『木島汐さんは、木島敬さんが海外に拠点を移した後に生まれました。日本に来るのは初めてとのことで、汐さん自ら──』
「佑?」
佑はじっとテレビ画面を食い入るように見つめていた。その目は、恵も見たことがないくらいに真剣で、何か思い詰めているようにも見えた。
「佑?」
もう一度呼びかけると、「あ、もういいよ」と佑は言った。
「何かあった?」
「いや……ちょっとね」
少し考える素振りを見せてから、佑は言葉を濁した。
「佑さぁ、何か悩んでるなら話聞くよ?」
恵はテレビを消すと、ダイニングテーブルに戻ってくる。
「いつもおちゃらけてるけど、何かしら悩みはあるでしょ?」
「えー、悩み?」
「幼馴染の航に話すのが一番いいのかもしれないけど、関係性が近すぎると話せないこととかもあるでしょ? 今はほら、私しかいないし、何かあるなら今のうちだよ」
うーん、と佑は顎に手をやった。
今、家の中にいるのは恵と佑だけだった。みんな、買い物や散歩などで外へ出払っている。
「悩みかぁ……悩み……」
しばらく悩みについて考えていた佑だったが、ふと思いついたように手を打った。
「あっ、悩みある」
「何?」
「航が俺に冷たいこと」
恵は「……真剣に捉えて損した」とため息をついた。
「なんだよ、俺だって真剣に悩んでるんだからな。最近だって──」
「はいはい、どんまい」
「ちょっと、真剣に聞いてよ!」
「私から言えるのは、航は冷たいどころか甘やかしすぎてるってことだけ」
はい終わり、と恵はコーヒーを飲み干すと、空になったマグカップを手にキッチンへと入って行った。
「甘やかされてないもん」
ふん、とそっぽ向いた佑だったが、その瞳には黒く渦巻く何かが浮かんでいた。
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