第二章

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 陽射しが温かいある午後のこと。  ピンポーン  インターホンが鳴った。 「はい」  夜雲がモニター越しに返事を返すと、「すみません、佑さんという方はいらっしゃいますか」と訪問者は言った。モニターには、四十代くらいの夫婦の姿が映っている。  夜雲は後ろを振り向いた。そこには佑を含めたメンバーたちが思い思いにくつろいでいた。  佑は無言のままモニターの前まで来ると、映っている夫婦を見て何かを悟ったようにため息をついた。 「今行きます」  佑はそう答えると、モニターを切った。 「南奈の両親だ」  その言葉に、その場にいた全員が佑を見た。 「連れ戻しに来たのかもしれない」  視線が、南奈に移る。南奈は信じられないというような目で佑を見ている。 「……南奈、大丈夫だ。俺がなんとかするからな」  佑は南奈のそばまで来ると、その頭をそっと撫でた。縋るように南奈は佑の服を握る。 「南奈はここで待ってて。いいって言うまで出てきちゃダメだぞ」  にっと笑うと、佑は南奈の手を服から外して、一人で玄関に向かった。 「遅くなりました」  佑はそう言いながら玄関の扉を開けた。そこにいたのはどこかくたびれた様子の夫婦。 「何の御用でしょうか」 「分かっているだろう」  男の方はそう言うと、佑を押しのけるようにして三和土に上がった。 「南奈、いるんだろ! 出てこい!」 「南奈、出てきなさい」 「南奈はいませんよ」  佑はこれ以上上がらせまいと、二人の前に立ちふさがる。 「嘘をつくな。近所の人から聞いたんだ。南奈がいるって」 「出てこないとどうなるか分かっているでしょう、南奈」  リビングで待っていた南奈は、徐々に両親に対する恐怖心を思い出していた。 「大丈夫、大丈夫」  小さく震える南奈を、恵はそっと抱きしめる。  南奈の家では、名前を呼ばれたら顔を出さなければならないというルールがあった。  顔を出さなければ、どうなるのか。  左腕に残る根性焼きの痕が疼いた。 「……行かなくちゃ」 「南奈っ!」  恵の手を振り払って、南奈は走り出した。  もう痛い思いはしたくない。 「ごめんなさい……」  リビングの扉を開けると、「南奈!」と男の怒声が響いた。 「どれだけ待たせたんだ!」  男は土足で廊下に上がると、南奈の頬を叩いた。 「ごめんなさい」  よろけて壁に寄りかかりながら、南奈は謝る。 「ごめんなさいじゃないだろう! 勝手に出ていきやがって!」  男が南奈の髪の毛を掴んで地面に叩きつけた。 「ごめんなさい……」  涙でぐしゃぐしゃになりながら、南奈は土下座をする。 「やめろ!」  佑が男を引き剥がした。 「お前っ……」  興奮した男が佑に掴みかかる。佑はその手を払いのけるようにして、男を廊下に倒した。 「あなた!」  女が男に駆け寄る。 「なんていうことをするんですか! あなた、大丈夫?」  立ち上がった男はそのまま佑の胸ぐらを掴んだ。 「この野郎っ……!」 「やめてくださいっ!」  間に入ったのは添華だった。気づけば、全員が廊下に集まっている。 「何があったのか分からないですけど、南奈さんが怖がってます」  南奈は壁に背中をつけたまま、小さく丸くなって震えていた。夜雲がそれに気づいて、そっと横に並ぶ。 「こいつが勝手に連れてったのが悪いんだ!」  男はそう叫ぶと佑に殴りかかった。  佑は避けることもせず、それを受け入れた。 「佑さんっ!」 佑は、よろけながらも「俺にも非があるから、一発ぐらいはね」と答えた。 「おい、帰るぞ、南奈」  男が南奈に手を伸ばし、左腕を掴んだ。  その手を、佑が掴む。 「まだ殴られてえのか?」  男はどすの効いた声と凄みをきかせた目で睨むが、佑は怯むことなく言った。 「勝手に連れてきたのは俺が悪い。けど、南奈がどんな環境に置かれていたのかを考えると、今の方が絶対に幸せだ」  そう言い切る佑に、「お前に何が分かる!」と男がもう一度拳を振り上げたその時。  ガクッ──  その拳は振り下ろされることなく、男は廊下に倒れ伏した。 「添華……」  男の後ろには添華が突っ立っていて、「……どうしよう」と混乱した様子でおろおろしていた。  添華が男を気絶させたのだ。  女はそれを見て恐怖に駆り立てられたのか、がくがくと足を震えさせている。  それを見て、航が女も気絶させた。  女が崩れ落ちるのを支えながら、航は呆れたようにため息をついた。 「……えっと、添華。どうして気絶させちゃったのかな?」  急な添華の暴力に、佑は混乱していた。 「だって……南奈さんがかわいそうで……」 「うん、でもね、急に気絶させると、このあとどうしたらいいか……」  悩んでいる佑に、「……とりあえず、(ドッグ)の牢屋借りれば、いいんじゃない」と冬馬が提案した。 「……他に方法が浮かばない」 「まあ、そうするか……」 「とりあえず聞いてみる」  航はスマートフォンを手に、リビングへと戻っていった。 「まあ、今回はいいけど、今度からは、こう……自分をコントロールできるように頑張ろうか」 「はい……ごめんなさい……」  そう言って添華が項垂れていると、急に立ち上がった南奈が抱き着いた。 「えっ!?」  目を丸くする添華に、「ありがと」と南奈が言った。 「お母さんとお父さんを倒してくれてありがと」 「南奈、倒したわけじゃないよ? まだ生きてるよ?」  佑が声をかけるも、南奈は添華をぎゅっと抱きしめて離さない。  添華は、南奈がまだ震えていることに気がついた。 「私、縁を切る。お母さんとお父さんと縁を切る。そうすれば、ここにいられる」  そうでしょ、と南奈は涙に濡れた目で縋るように佑を見た。  しかし、佑は困ったような顔をして、頷かなかった。 「南奈、よく考えて。お母さんもお父さんも、世界で一人ずつしかいない。大切にしないといけない家族なんだよ」 「大切にされてなかったのに?」  南奈は言った。 「大切にされてなかったのに、大切にしないといけないの?」 「それは……」  佑は言葉に詰まった。 「私は、リーダーの方が家族だと思ってる。お兄ちゃんみたいだと思ってる。悪いことしても殴らないし蹴らないし、煙草の火を押し付けたりもしない」  南奈はそう言って自分の腕を押さえる。 「外に追い出されもしないし、叱るけど、私の話も聞いてくれる。みんなの方が家族だよ」  涙をぽろぽろと流しながら南奈は叫んだ。 「だって、佑さん」  夜雲が、南奈の背中を擦りながら言った。 「ずっと子供扱いするんじゃなくて、南奈さんの意見も聞いてみたらどう?」  ひぐひぐと泣く南奈を佑は見つめる。  佑の脳裏には、今は亡き家族の姿。  家族との幸せな毎日が思い出された。四人で遊園地に出かけたこと、温かい夕飯、テレビを見ながらの談笑。  けれど、南奈のような不遇な家庭環境で育った者もいる。  怒鳴られ、蹴飛ばされ、殴られ、放り出され。  家族を大切にしなければいけないというのは、家族に大切にされた者の価値観を押し付けているだけなのではないか。 「……分かった。南奈、ごめんな。俺の考えを押し付けてた」  佑が謝ると、南奈はしゃくりを上げながら、首を横に振った。 「佑が、家族を大事に、してるのも、知ってる。私も、言い過ぎた」  ごめんなさい、と南奈も謝る。  その姿が愛おしくて、佑は南奈を抱き締めた。 「南奈はこれからも俺たち家族の一員だから」  胸の中で震える南奈を抱き締めながら、佑はそっとその背中を撫でた。
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