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ある日の夕方のことです。
私は廊下でキヨちゃんの姿を見つけました。彼女はいつものように痩せこけた青白い顔で、いつものように窓に鼻をくっつけるようにして、外を見つめておりました。
私は彼女の傍にそっと近づき、そして何を思ったのかキヨちゃんの横顔を覗き込みました。
そして恐ろしさに、はっと息をのみました。私は理解してしまったからです。彼女がずっと見続けていたものが何なのかを。
キヨちゃんが顔を窓にぴったり貼り付けるようにして、外の景色を覗いていたために、私は今まで気が付くことが出来なかったのです。でも間近で観察してみて分かりました。
キヨちゃんの視線の先にあったのは、あの大きな枝垂れ桜の樹。
キヨちゃんは窓に顔を貼り付けてはいましたが、黒目だけはぎょろりと横を向いて、あの巨樹を見つめていたのです。血走った目で瞬き一つせずに。
その形相の凄まじいこと…。
「キヨちゃんっ」
私は思わずキヨちゃんの名前を呼び、肩を強く揺さぶりました。
彼女はびくりと大きく肩を震わせてこちらを見ました。その顔には恐怖と驚きが混ざったような色が浮かんでいます。それから一瞬の後に、肩を揺すった相手が私であることに気が付いて、強張った顔に無理矢理微笑みを浮かべました。
「奥様…如何なさいましたか」
「キヨちゃん、私の部屋へ来てくださるかしら?あなたに少し聞きたいことがあるの」
私がそう言うと、彼女は何かを察したのか目を伏せて、しかし素直に頷きました。
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