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それはある夕方のこと。
「どうもー宅配ですー」
「あっはいどもどもー」
しれっと受け取った段ボール箱に実はなんの心当たりもない。
「オウフ……また呑んだ勢いでなんか買っちゃった?」
たまにそういうのあるんだよね。まさかまたかと眉をひそめて呟くと、最近買った度入りのスマートグラスにメッセージが飛んで来た。
【残念、それはエリちゃんからだねー】
「全然残念じゃないって言うか、はあ、そりゃまた珍しい」
エリちゃんというのはあたしとお付き合いしている女性だ。今は仕事で出張中でここ数日ウチにはきていない。
少年タイプAIのショータくんからもたらされた情報に不可解な気持ちを抱えつつ梱包を開けてみると、中に入っていたのは卵だった。サイズは標準的、やや大きいかな。殻は褐色のいわゆる赤玉ってやつ?
うーん。6個パックが6個で卵36個だね。
「めっちゃ多いんですけど、どういうつもりなワケ?」
【伝言はお預かりしてませんだねー、直接聞いてみたら? そろそろ声が聴きたいころでしょw】
こんのマセガキAIが。スマートグラスに表示された「w」入りのメッセージを見て露骨に舌打ちをする。
「ショータくん、エリちゃんに電話して」
【あいあいw】
発信メッセージが表示され5秒、10秒、通話表示。
『キョーコか、どうした?』
落ち着いたハスキーボイスが応答する。
「はろーエリちゃん、荷物届いたんですけどあれなに?」
『鶏卵だ』
「それは見ればわかるかな。あひるの卵だったらわかんないけど」
『そうか、他になにか聞きたいことがあるのか? 私の声とか』
「まあそれもあったけどそうじゃなくて」
迷いのない図星に呻き声が出そうになるのを堪えながら返す。彼女の声なら毎日聴きたいけど今はそういう話じゃない。
『割れが無いか確認しておいてくれ。10個までは補填してくれるそうだ』
「ご丁寧な運送屋さんのおかげで無事に元気な三十六つ子ちゃんが届いてるわよ。それも違くて、なんでウチにこんな山ほど卵送ってきたわけ? って話よ」
確かに卵は買い置きを切らさない程度には使ってるけれども、一度にこんなにお届けされても正直困ってしまう。
『ああ、出先で良い卵を見かけてふとキョーコが思い浮かんでな』
「今あたしのこと卵みたいな体型だって言った?」
彼女は『いや……』と含み笑いで否定して続ける。
『私が行かなくなってから不摂生してるんじゃないのか?』
あたしは「いやあ……」と言葉を濁して愛想笑いで続ける。
「つまりはあたしの健康を気遣って卵送ってくれたってコト?」
『今回はまだ二週間くらい帰れない見込みだからな。少しはまともな食事をして健康管理に努めてくれ』
「はいはい善処しますぅ」
あたしのぞんざいな返事に少しの沈黙があり、彼女がぼそりと付け加える。
『いつぞやふくよかなほうが好みとは言ったが……限度があるからな』
「へあ!?」
『こっちからもそのうち連絡する。じゃあな』
びっくりして奇声を上げてる間に通話は切れてしまった。
「Oh……ショータくん、あれって……どういう意味だと思う?」
【今キョーコちゃんが考えてる通りの意味じゃないかな】
「ヤバい……もしかして捨てられる?」
【うーんどうかなw とりあえず痩せたら?】
「それが出来りゃあ苦労はしねえんですわよ」
【適切なアドバイスのはずだけどなあ。ちなみに卵の消費期限は今日を含めて二週間。うーんこれは期間設定の意図が予測されるね】
「帰ってくるまでに食べ切っとけよ、ってことよね。たぶん」
【だろうねー。なお食べ切るには今日から一日平均2.57個の卵を消費する必要があるね。ちなみにキョーコちゃんの先月の卵消費量は22個! 内訳はおつまみの材量として18個、カップ麺に4個、以上だよ!】
「ぐあー! ほとんどお酒のときしか食べてないじゃん!?」
【健康とは程遠いねえw】
うーん、確かに焼いたりした記憶全然ないもんなー。これは意識して食べないと普通に生活してたら一日2.57個、二日で5個強なんてノルマとてもこなせそうにないぞ。
「と、とりあえず……ご飯を炊こう、かな……」
幸いまだ夕飯前だ。今晩から消費出来れば少しは負担も減る……はず?
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