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「で、卵は一週間もしないうちに食べ尽くしたと」
「はひ……」
二週間後、出張から帰ってきて玄関でブーツを脱いでいるエリちゃんを遅ればせながら迎えに出たところ、あたしを見た彼女の眉間にとても深いしわが刻まれてしまった。
それはまあ、そうだろうね。『少しは健康的な食生活をして痩せろ』という意図で送り付けられた卵をほぼ全部ご飯にぶっかけてしかもそれをつまみにお酒を呑みまくってしまったんだから。
それどころかすっかりTKGにハマったあたしは生卵をネット通販でまとめ買いし、勢いのままに毎食一合か、日によってはそれ以上の白米を食べていた。
まあ、要するにだ。
この二週間で、あたしは彼女の出張前より太ってしまったってえわけよ。
とはいえ炭水化物つまみにお酒呑んでりゃ誰だって太るに決まってる。だからあたしは悪くない。
悪くないよね?
ともあれ、彼女は自分の眉間をほぐすように揉んで深い溜息を吐いた。先ほど表で吸ってから入ってきたのだろう、緊張感あふれる玄関先にうっすらと煙草の香りが広がる。
「まあ、一方的に卵だけを送り付けてどうしろとも言わず察しろとばかりの態度だった私にも責任の一端があると認めよう」
「あ、はい……それはその、どうも……」
なにかくるな、という予感に身構える。揉めたとき彼女が自分にも非があったような口ぶりで淡々と話し出したら、それはたいてい次への溜めだから。
「だから」
彼女があたしの腰を抱き寄せて被さるように顔を近付け耳元で囁く。
「痩せるまで有酸素運動に付き合おうじゃないか。徹底的にな」
「ぴゃい!?」
ハスキーボイスの響きと言葉の意味に奇声を上げてしまった。
「え、えとお、それは……つまり?」
「言うまでもないだろう? さあ、ベッドにいくぞ」
彼女は慌てるあたしをお構いなしにすいっと担ぎあげる。
「ちょ、まっ怖っ!? これ怖!」
「あまり暴れると壁にぶつけるから気を付けろ」
「いやそうじゃなくて!」
そのまま歩き出そうとした彼女が足を止めた。
「嫌なのか?」
「う、うぅん、嫌ってわけでは、その……」
いちゃいちゃしたくないわけじゃないけどそこに目的とか義務感を持ち込みたくないこの気持ち、お分かりいただけるだろうか。
「私は朝昼夕のジョギング一時間と筋トレでも構わないが」
「それは死んでも嫌。うう……」
「だろう? それにお前もその気だったんじゃないのか? シャンプーの香りがするぞ」
「今あたしのこと普段は臭いって言った?」
「言ったが?」
「ぐわぁんっ」
長めの休暇を取った彼女がウチに居座って一週間、激しい有酸素運動と厳しい食事管理のおかげであたしはしっかり元の体重まで戻したのだった。
あと仕事の締切はめちゃくちゃになって四方八方に頭を下げまくるハメになったとさ。
ちゃんちゃん。
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