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─3─
同じ夢を見るようになってから二週間が経っていた。
今日も変わらず例の夢を見たが、あの日以来、二度目の分かれ道の夢を見た。今度は右側が、光輝いており、もちろん右側へ進んだ。
特にそれ以外は変わらず、ただ右を選んだだけ。しかし、いよいよ心配になってきた。二週間も同じ夢を見続け、あきらかに異常だった。そろそろ病院か……でもこんなこと誰にも相談できるはずもなく、なんとなく先延ばしにしている。弟に相談することも考えたが、今あいつは勉強を頑張っているというのに余計な心配はかけたくない。だからと言って、両親にはもっと相談できそうもない。会社にだってこんなことを相談できる程親密な関係の人などいない……
そう考えると、俺は孤独だ。意識はしていなかったが、困ったときに相談できる友人が一人も思いつかないとは。
最近、この夢を見るようになってから、転職も本格的に考えるようになった。自分ではなかなか決断はできないが、病院に行って、もし、この仕事が原因だという診断が出れば、背中を押される形で転職をするかもしれない。
とりあえず、病院を調べ、近いうちに受診してみることにしよう。
外へ出ると、春とは思えないほどの日差しで、すぐにジャケットを脱いだ。もう少し春の陽気を感じていたかったが、どうやら夏は待ってはくれなさそうだ。
今日は、事務仕事が溜まっており、外食に出られそうもないためコンビニでカップラーメンでも買っていくことにした。そのため、アパート左側の道にあるコンビニへ寄っていくことにした。
そういえば、あの落下事故のあと、ビルの工事はストップしたままだ。人が一人亡くなったようで、工事などやっている場合ではないだろう。
そんなことを考え、コンビニへ向かっていると、ポケットに入っているスマホが振動した。
「朝から誰だ?」
スマホの画面を見てみると、弟からだった。
「兄貴、おはよう! 俺のこと見えてる?」
「えっ?」
辺りを見渡す。すると、反対側の道に弟の樹が手を振っていた。久しぶりに見る弟の姿に嬉しくなり思わず走って近づく。
「どうしたんだよ、こんなところで」
「彼女の家に泊まっててて、その家がこの近くなんだよ。もしかして、兄貴いるかなって思ってたら見つけて……」
「そうか。それにしても、久しぶりだな、樹」
「久しぶりだね。兄ちゃんなんか、顔色あんまりよくないよ? 疲れてるんじゃない?」
樹は、いつも俺を気遣ってくれる。と言うより、樹は昔から誰にでも優しい性格だった。明るくて、太陽のような子だった。俺は正反対で、あまり活発な子ではなく、性格もどちらかというと、ひねくれ者だ。だから尚更そんな弟が自慢で、誇らしい。
「忙しくてな。まあ、仕方ないけどな」
「兄貴、明日休み?」
「休みだよ」
「久しぶりに二人で出かけない?」
「お前、学校は?」
「単位足りてるから一日くらい休んでも大丈夫」
「──そっか。じゃ、行くか!」
「やったー。どこ行く?」
「うーん、お前に任せるよ。何か考えておいてくれ」
「わかった! じゃ、明日までにバッチリ決めておくから楽しみにしておいて」
「うん、ありがとう。じゃ、気をつけてな」
手を振り、弟を見送った。後ろ姿もすっかり大人になり、俺と変わらなくなっていた。
小さい頃は、早く俺に追い付きたいとたくさん牛乳を飲む子だった。それが今では肩を並べるまでになっている。時が経つのは、早い……
昔に想いを馳せていると、すっかりぎりぎりの時間になっており、コンビニは諦め、そのまま走って職場まで行くことにした。昼ご飯はあとで時間のある時にでも買いに出よう。
すっかり、汗だくになり会社に着くと、数名の社員が近寄ってきた。
「遅かったから心配したぞ」
遅い? 少しぎりぎりにはなったが、そこまでではないはず……
「すみません、弟にばったり会って話し込んでしまいまして……」
「笹垣の家の近くのコンビニに、今さっき強盗が入ったらしくて、店員と近くにいた客が刺されたらしいんだ」
「え……俺、今さっきコンビニに行こうとしてて、たまたま弟に呼ばれてそのコンビニには行かなかったんですよ……」
「おい! 弟に感謝だな! 近くを通っていた波崎が事件を目撃して、今、警察に色々話聞かれてるみたいなんだよ」
「そうだったんですね……」
たった数分、いや、数秒の行き違いで俺は免れ、知らない誰かは被害に遭い……
ふと、この感覚に既視感を覚えた。以前にもこの感じ……
──思い出した。先日の落下事故だ。あのときにもこんなことがあった。
待てよ……なぜ二度も俺は免れたんだ? 偶然だとはいえ、何か違和感を感じる。
頭の中で、この違和感の原因を探る為、整理していく。
朝、いつも通り家を出て、いつも通り出勤しようとしていた。しかし、一度目はいつもの通勤経路が工事で渋滞。それを避ける為に反対側の道を通った。それが、左側の道。二度目は今日、弟に話しかけられ、左側の道にあるコンビニへ寄る予定をキャンセルし、いつもの経路。すなわち右側の道……右、左……
──そうか! 夢だ! 二週間見続けている『道』の夢。一度目も、今日も、夢の中に分かれ道が出現し、光っている方を選択し、目が覚めた。そして、夢の中で選択した道が、現実では自然とその道を選択するようになっていた。
あの夢は、命を守るための導きだったのか。
しかし、ここで新たな疑問が出てくる。なぜそんな夢を見るんだ。今まで一度たりとも正夢の類を見たことなどない。ここにきてどうして……
いつまでこの夢が続くかは見当もつかないが、命を守るための導きだとわかった以上、この夢に従う他ないだろう……
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