2人が本棚に入れています
本棚に追加
─4─
「今日は左か……」
朝から気温が高く、寝汗をかいており、不快な目覚めだった。
カーテンを開け、窓を開ける。
早朝の涼しい風が一気に部屋の中を駆け巡る。
今日は久しぶりに弟とゆっくりドライブをする予定だ。プランは弟が決めているはず。俺は何も聞かされてはいない。昨晩、電話をしてみたが、プランは当日までのお楽しみだそうだ。
ただ、納得のいかないことが一つだけある。それは、時間だ。なぜこんなにも早くなければならないのだ。今の時間はまだ五時半。仕事の日でもこんなに早く起きることはない……出発が七時だそうだ。
「どこまで行く気なんだ。運転するのはこの俺だぞ……」
とりあえず、軽く朝食をとり、コーヒーを飲み、目を覚ます。
このように、ふたりで出かけるのはいつぶりだろうか。コーヒー片手に記憶を遡る。
──記憶が正しければ、あいつがまだ高校三年の時、卒業間近、お祝いとして行った温泉旅行が最後だろう。樹から、温泉のリクエストがあり決めたはずだ。
樹とは小さい頃からいつも一緒だった。両親が共働きということもあり、ふたりで過ごす時間が多かった。そんな弟を、自然と守らなけらばならない対象になり、可愛がると同時に、間違ったことには厳しく対応し、なにかあれば親身に話を聞いた。そんな弟は親代わりのように俺に懐き、頼ってくれた。
昔のことに想いを馳せながら支度を進める。すると樹から着信が入った。
「おはよう、兄貴。悪いんだけどすこーし遅れそうなんだ……」
「はっ? お前が早く行くって言ったんだぞー。てか、家まで迎えに行くぞ?」
「いや、彼女の家から行くから大丈夫」
「ああ、そうか。ここから近いんだっけ? わかった、じゃ、気を付けて来いよ」
こいつ、ほとんど彼女の家に入り浸ってんじゃねーのか……
「さて、ドライブのお供の飲み物でも買っておくか」
近くのコンビニへ飲み物を買いに行くことにした。
外へ出ると、カンカン照りでこの時間から日差しが強い。しかし、ドライブ日和と言えるだろう。雨よりはマシだ。
そういえばあいつ、今は何を好んで飲むのだろうか。昔はよくコーラを飲んでいたのだが。
「俺はコーヒーで、あいつは……コーラでいいか」
飲み物二本と、飴を一袋買い、コンビニを後にした。
コンビニを出てすぐに、俺を呼ぶ声がした。
「兄貴ー!」
声のする方へ振り向くと、樹が笑顔でこちらに向かって手を振っていた。
「樹!」
俺も手を振り振り返す「なんだ早かったじゃないか」と心の中で呟いた。
その時、背筋に冷たい汗が一本の線を辿るように流れた。
悪寒だ。なんだ、この嫌な気配は……
不安にかられ身を固くする。
今までに経験をしたことのない、焦燥感。
その時、記憶の扉が、轟音と共に開いた。
──樹が危ない!
樹はその時、夢で暗闇に隠れていた右側の道にいた。
「樹! 樹!」
俺は、精一杯の大声で叫んだ。だが、樹はよくわかっていない様子だった。
「樹! 今すぐそこから離れろ! 危ない!」
「えっ? なんで?」
「いいから、離れるんだ!」
樹は笑っていた。
「兄ちゃんの言うこと聞け!」
小さい頃、樹が危ないことをしようとした時によく使っていた言葉だ。
するとその言葉で何かを感じとったのか、樹から笑顔が消え、移動を始めた……
しかし、既に樹の後ろからは、一台の赤い車が中央線をまたぎ、樹に突進してきていた。
「間に合わない!」
俺は走った。樹の元へ。
待ってくれ、待ってくれ。
あと少しだけでいい。
これに、何か意味があるとするならば、俺を連れて行ってくれ。樹だけは、樹だけはやめてくれ……樹は、俺にとって命より大切な……
俺の視界いっぱいに、真っ赤な塊が迫っていた。
それと同時に、体に衝撃が……そして、体が高く浮き、雲一つない青い空が近づいた。
薄れゆく意識の中で、不思議と痛みは感じなかった。
遠くで樹の声がする……助かったのか?
「……いつ……き」
「兄ちゃん! 兄ちゃん! どうして……」
樹は生きている……よかった……
俺は樹を守れたんだ。
俺はそれだけで満足だった。
これでいいんだ。
──そうか。あの夢は、樹を守るためのものだったのか。
そうか、そうか……よかった、よかった……
「兄ちゃん! 俺を置いて行かないでくれよ……兄ちゃん……」
最初のコメントを投稿しよう!