ホタルの魂子は百までも!

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 図書スペースの壁には蛍の標本が展示されている。あたし達はそこの大きなテーブルでよく宿題をしていて、たいていはあたしより先にユキホが宿題を終わらせていて、彼女はにこにこしながらその標本を眺めていた。ユキホはいかにも可愛い物が似合う、女の子らしい女の子だっていうのに、虫なんか見て楽しいのかなって不思議だった。ある日、思いつきでその疑問をユキホ本人に投げかけてみたんだ。 「ユキホとツキホって、おんなじ『蛍』って名前じゃない? でもまったく同じ蛍じゃなくって、ツキホはゲンジボタルでユキホはヘイケボタルって気がするなぁって思うんだ」  それで、その二種類が並んで飾られてる標本を眺めて喜んでるって? せっかく教えてもらったのに、あたしはますますわからなくなる。 「ゲンジとヘイケってそんなに違う? ほとんどおんなじ虫にしか見えない!」 「違うよぉ。ほら、よく見て? ゲンジボタルの方がヘイケボタルより大きいし、生態だって色々違うんだって」  大きさが違うのなんて、捕まえた個体がたまたま大きいやつだったんだろうくらいにしか、あたしは考えてなかった。 「ゲンジボタルが生息するのは流れのある河川だけど、ヘイケボタルは水田や沼みたいな、流れのない水辺なの」  ユキホは以前、職員さんからそれぞれのホタルの生態について教えてもらったことがあるらしい。ふむふむ。そうやって聞くと確かに、動の環境と静の環境、どっちに向いてるかって意味ならあたしがゲンジでユキホがヘイケ。って発想もわかるかも。 「ユキホと違って、ツキホはパワフルで、いっつも生き生きしてて……ユキホはね、ツキホのそういうところが大好きなんだぁ。いつだって、元気を分けてもらえてるんだよ」  小さい頃から今に至るまで、そうなんだ。ユキホはそう言ってうっとりと微笑む。  元気を分けてもらえるっていうけど、分けた上でそれ? って正直、思う。分けなかったら今よりもっともっと弱くてか細く……ってこと? せっかく生まれてもすぐ儚く死んで消えてしまう、蛍みたいに。 「あたしの元気なんてどうせ有り余ってるもんだし、ユキホが要るってならどんどんあげちゃう~!」  あたしの取り柄って元気なことくらいで、おおざっぱなくせに思いつきで行動して、そのせいで失敗しちゃうことだってある。一緒にいるユキホにそれで迷惑かけたりだってあるっていうのに、ユキホはいつでも言ってくれるんだ。  「ツキホのそういうところが好きだよ。失敗なんて気にしないで、どんどん、やりたいことをやってよ」ってね。  そのおかげであたしはますます元気になれるし、その元気がユキホに必要ってなら、まったく好循環ってもんじゃない! 蛍を育てるために、水槽の中に小さな世界を作るみたいにね。
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