ホタルの魂子は百までも!

3/7

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 ユキホの家の事情で、ご両親と一緒に、栃木のおばあちゃんの家に引っ越すことになった。小学校の卒業式は一緒に迎えて、式典の後にユキホは「ツキホと離ればなれになりたくないよ」って泣きじゃくっていた。  あたしももちろん寂しかったけど、それよりもっと心配だった。何せユキホったら、あたしがいなかったらクラスの誰とも話せないくらい引っ込み思案だったんだから。ユキホがひとりぼっちで栃木の中学校で、そこの教室の中でどう過ごすのか……想像しようとしてもその絵が描けない。  昔と違って今はスマホのアプリで毎日のように言葉で音声でやり取りできるから、物理的に距離があるからってだけではあたし達の友情は途切れなかった。ユキホはあたしが心配していたよりは、向こうの中学校で無難にやれてるらしかった。 「でもね。どんなに新しい友達が出来たって、ユキホはツキホが一番好きだよ。それはいつまでも絶対変わらないんだ」  ツキホにとってそれがいいのか悪いのか、わからないんだけど……何故だかちょっと申し訳なさそうに、ユキホは言う。何が悪いっていうんだろう? 新しい友達が出来たってあたしが一番って思ってくれてるなんて、それって普通に良いことじゃん。  ユキホが側にいなくなってからも、あたしは毎年六月にはあの植物園の蛍の光を見に行った。けれど、コロナ禍でふれあいイベントの規模を縮小したあげく、コロナとは関係ない諸々の事情で思い出の植物園は閉館してしまった。  そこで、都内の別の地域で野生の蛍が見られるって聞いて、わざわざ足を運んでみたのだけれど。あくまで都内の自然環境の蛍ってことで、「わざわざ人に見せる為に育成している蛍の光」と違って、期待していたほどには見えなかった。そこの地元の人に話を聞いてみたら、住民が夜、仕事帰りにふと目をやってみると、「あ、綺麗だな」って思える程度には光ってるらしいんだけど。  自宅に戻ったあたしは、ちょっとがっかりした気持ちを持て余しながら、その日の出来事をユキホにメッセージとして送っていた。 「実はね、ユキホの今いる家の近くって、自然の蛍がいっぱいいるの。何十年も前に、事業として育てた蛍を放流してそれが今でも定着してるんだって」 「放流かぁ……」  建物の中でイベントとしてお披露目される蛍の光じゃなく。本物の自然の中で、日常生活の中で、そこで暮らしている人が歩いているだけで視界に入る。そういう、「当たり前に蛍の光がある景色」って、なんかいいなぁ。その日、あたしはそう思ったんだ。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加