ホタルの魂子は百までも!

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 大人になったあたし達は、なんと、栃木にあるユキホのおばあちゃんの家でふたり暮らしをしていた。ユキホの両親はおばあちゃんの介護のために栃木の家で同居したけど、おばあちゃんが亡くなったら東京へ帰りたいって言い出した。けれど、ユキホは栃木に残りたいって、そのままおばあちゃんの家に住むことにした。ご両親からしても、実家を空家として放置するよりは誰かが住む方が手入れが出来て助かるからって。  蛍が自生するような自然豊かな田舎では仕事を見つけるのもひと苦労。ユキホは農協に勤めているけど、農協っていうのはあたしが名前から想像していたよりきついっぽいのが、ユキホの話を聞いていてわかってきた。営業ノルマが厳しくて、売り切れなかったら自腹で買わなきゃいけない。引っ込み思案なユキホに向いてる仕事とはとても思えないんだけど、それでもユキホは「ここに住み続けたいから」って理由でその仕事を続けていた。  あたしとユキホのふたり暮らしといっても、あたしは一か月に何日かしかそこへは帰れない。大人になったあたしは蛍の飼育施設に勤務していた。  単純思考なあたしは、ユキホの暮らす村での成功例だけを見て「放流すれば蛍は復活するんだ」って思っていたけど、現実はそうじゃなかった。生き物っていうのはその土地で生まれ育った遺伝子情報を受け継いできていて、よその地域で生まれ育った個体を連れてきて放流すると遺伝子攪乱を起こしてしまう。生息数の減ってしまった蛍を増やすためには、その地域の土壌から地道に卵を集めて飼育する。  問題はそれだけじゃなく。いくら飼育して放流したところで、蛍が定着出来るような環境を先に整えておかないと、放流した蛍が自然に翌年も命を繋ぐことは出来ないんだ。  あたしは栃木の近県で地域の蛍復活を目指す飼育施設に勤めている。施設の近くの河川で採集した卵を集めて、河川の環境を整えて、幼虫の時期に還す。環境を整えるっていっても、ただ水質だけを綺麗にすればいいってわけじゃないのが難しいところ。水を綺麗にしすぎて苔をなくしてしまったり、蛍の餌になるカワニナや、カワニナが生息するための珪藻類が繁殖できない環境になったら意味がない。護岸には蛍の幼虫が掴まれるちょうどいい草の茂りがなくちゃいけない。
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