ホタルの魂子は百までも!

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 そもそもの前提からして、蛍を復活させたいっていうのは観光目当てにそうしたいって自治体もかなり多いんだけど、目先の利益を優先した復活事業や安易な放流が蛍やそれ以外の生物の生態系を乱す事例だって少なくない。復活させた蛍を鑑賞するために多くの人が集まって、水辺の草地を踏み荒らしたり。一匹くらいなら大丈夫だろうって、集まった個人や家庭が持ち帰ったりするといずれその場所の蛍の絶滅を招きかねない。  懐中電灯や車や撮影のフラッシュ光は、蛍の発光を妨げる。蛍が光るのはオスとメスがお互いの場所を見つけるための求愛行動なのだから、それを妨げるっていうのは繁殖に悪影響だ。まぁ、あたしが蛍を復活させたいって思ったあの日の動機付けは、観光客じゃなくて地元の人が通りすがりに蛍の光が見られるようにって気持ちだったから、その点はミスマッチがなくて良かったけど。  虫を卵から育てるっていうのはかなり大変な仕事で、三六五日、目を離せない。単純に通勤時間もかなりかかるからっていうのもあるけど、あたしがユキホのいる家に帰って来れるのはひと月にほんの数日だけっていうのはそういう事情だった。 「日本中の蛍を復活させて、日本中をキラキラにする!」 あの日、思いつきで想像していたよりず~~っと大変な仕事だったんだけど、やりがいを感じているからこの道を選んだことに後悔はない。  だけど、ある日、おおざっぱなあたしはついに盛大にやらかしてしまったんだ。何をしたって取り返しのつかないことを……。 「ど、どうしたの? ツキホ……」  家に帰るまではどうにかこらえたんだけど、ユキホの顔を見たら気が抜けて、あたしは情けなく泣き出した。長い付き合いだけど、あたしはユキホのまえで泣いたことなんかこれまで一度だってなかった。  玄関先で泣いたまま動けなくなったあたしに、ユキホはティッシュ箱を持ってきて、涙より先に鼻水を拭いてくれた。一枚二枚じゃおさまらなくて、今度は居間から小さなゴミ箱を持ちだしてくる。  そして、あたしの横に腰を下ろして、肩を抱いて泣き止むのを待ってくれる。涙も鼻水も呼吸も、何もかもおさまってからようやく、あたしは打ち明ける。 「あたしが失敗したせいで……大事な蛍の卵がダメになっちゃったんだ……一万個も……」
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