ホタルの魂子は百までも!

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 蛍の飼育っていうのはものすごく繊細で、湿度、温度、生態どれをとっても施設管理者の培った経験に支えられている。あたしだって何年も勤めているけど、経験では施設管理責任者や先輩達には到底及ばない。  それで、これくらいなら大丈夫だろうって勝手な思い上がりで、管理をちょっとずつ失敗して……その「ほんのちょっと」が、蛍の水槽にカビを発生させてしまった。蛍の卵はカビにやられて、卵の時点でダメになったのと、生まれてから結局ダメになってしまったのとで……。  つまりはあたしのせいで、一万個の蛍の卵を死なせてしまったっていうことだ。  飼育施設の過去の記録を参照すると、一万個の卵があっても無事に放流できるまで成長させられたのは二千五百匹くらいだった。元々、飼育しても生存率は四分の一程度。一万個の卵だって一回きりの採集で集めたわけじゃなく、何十年も活動を継続して飼育してきて集めた数だった。今いる先輩達だけじゃなく、顔も知らない先輩達が綿々と繋いできた卵だったのに、あたしの失敗で台無しにしてしまった。  施設管理長はもちろん、あたしに厳重に注意したのだけど。もっともっと叱られても仕方ないほどの事態だけど、そんなに怒らなかった。確かに、おおざっぱなあたしに日頃から注意を重ねてきたのだけど。たとえ部下のやらかしだとしても、管理責任者である以上、事が起こる前にあたしに注意しきれなかった責任が自分にはあるからって……。  せっかく一度は泣き止んだのに、話し終えたところであらためて、現実のやらかしの大きさと施設管理長や先輩達の悲しそうな顔を思い出して、涙がこみ上げてきた。あたしが本格的に泣きだす前にっていうことか、ユキホはちょっと急いだ風に話し始める。 「ツキホが失敗してたくさんの蛍の卵を死なせちゃったこと、悪くないなんて言わないよ。他の誰でもない、ツキホのせいなんだって。でも、ツキホはこれからもこの仕事を続けて、それよりももっともっとたくさんの蛍を育て上げて、日本中をキラキラにするんだよ。ユキホはね、ツキホにならそれが出来るって信じてるから……」  ここでやめちゃったら、ツキホが死なせた一万個の卵が、ただただ無駄になっちゃうんだよ。  ユキホは目に水気を溜め始めながら、そう、訴えてくる。  日本中をキラキラに……ユキホにそれを言ったのって、いつだったっけ。あたしはもう忘れちゃってるけど、ユキホはきっと日付まで正確に覚えてるんだろうなぁ。あたしとの思い出に関しては、きっちり細かく覚えてるひとだから。
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