ホタルの魂子は百までも!

7/7
前へ
/7ページ
次へ
 元から辞めるつもりなんかなかったけど、自分が失わせてしまった一万個の卵を、これ以降のあたしには背負う責任がある。ユキホの言う通りだ。  あたしは同じ仕事を続けていた。蛍の復活事業は日本全国、様々な場所で専門知識が求められている。三六五日目が離せない蛍の飼育に加えて、全国に出張する機会もあって、忙しい日々だった。  その忙しい日々の合間、久しぶりにユキホの待つ家にあたしは帰れた。六月だった。 「ねえ、ツキホ。疲れてるところごめんね。今夜は一緒に、お散歩出来ないかなぁ」  もちろん、疲れてる。でも、その疲れを癒す目的のためにユキホのところへ帰ったのだから、それは「ごめん」なんて言われるようなお願いじゃない。  ユキホはあたしから元気を分けてもらってるっていうけど、あたしはユキホから安らぎを分けてもらってるような気がするんだ。いくら元気が取り柄と言ったって、あたしだってたまには心の底から、魂そのものから休まりたいって思う時があるんだからさ……。  初夏の夜のお散歩だから、玄関先でお互いの体に市販の虫除けスプレーを吹きかける。出かける前にしておくのは、お外の虫のそばでそれをしたら申し訳ないから、かな。家の中は人間(あたし達)の場所だから、侵入されたら排除するけど。外は彼らのテリトリーなのだから、いたずらに害してはいけないと思う。  夜道を歩きながら、ユキホの細い腕があたしの腕に絡んでくる。子供の頃から仲良しだったけど、彼女がこんな風にくっついてくるのは大人になってからだった。それがいつ頃からだったのか、あたしはやっぱり覚えていない。  そうやって寄り添ったまま、人気のない橋の上に並んで佇み、川の上を飛び交う蛍の光をふたりきりで見下ろしている。仕事柄、あたしにとっては珍しくもない光なのだけど、ユキホと一緒に見ているって意味でなら、ここの光は唯一無二の「思い出の輝き」なんだ。 「ユキホがずぅっとここにいるのはね……こうやって、毎年一緒に、ツキホと蛍を見たいからなんだぁ」  あたし達のこれまでの人生で、お互いどっかのタイミングで彼氏でも出来ていたなら、今のあたし達の暮らしぶりはなかったかもしれない。ユキホの方はともかく、あたしは激務で、その仕事も楽しくて、彼氏なんか見つからなかった。  結果的にあたし達はこんな風に暮らしていて、あたしは紛れもなく、「世界で一番、ユキホが好き!」……だから、あたしは今も彼女と一緒にいる。  あたしのこれからの人生の目標は、「百歳になっても元気に蛍の卵を世の中に届ける仕事を続ける」ことで、百歳になってもユキホと仲良し。そんな元気なおばあちゃんになりたいなぁって、暗闇のキャンバスに、蛍の光で夢を描くのだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加