縁起が良いのか悪いのか悩む男

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 大学を卒業した若者3人が、居酒屋で集まって盛り上がっている。  ビールの中ジョッキを3杯飲んだあとは、酎ハイに変えて、だいぶ出来上がった様子だ。 「そういえばさ、鰻が一番脂の乗っているのは、実は冬だって知ってた?」  桜井が大きい声で聞いたので、自分が話しかけられたのかと思い、周りの客が一斉に振り向いた。 「あ、また竹男のウンチクが始まったぞ」  いつも場を盛り上げてくれるのは、桜井だ。ただ、酔っ払うと話が長くなる。正面に座っている松田が、話に乗ってあげた。 「実は、夏の鰻はそれほどうまいものじゃないんだよな、これが。じゃあ、なんで夏に食べるのか。『土用の丑の日』とは何なのか……」  長い話になりそうなので、トイレに立った。代わりに、同席している梅野が代役をすることになった。  10分ほどして、松田が戻ってきた。桜井は、身を乗り出してまだしゃべっている。  そこへ、頼んでいた梅サワー、レモンサワー、ライムサワーが届いた。 「そういえばさ、『松・竹・梅』は縁起樹木として、祝い事によく使われるよね」  何を思ったのか、急に話題が変わった。 「松は平安時代、竹は室町時代、梅は江戸時代から縁起ものとされたらしいんだけど、松と梅はわかるとしても、竹はどうなのだろうと思うわけ。 そりゃあさ、竹は成長が早くて一年中美しい緑の葉が生えるという意味で、子孫繁栄を願うシンボルとされているみたいだけどね。でも、120年に1回しか花が咲かないくせに、咲くときは一斉に開花する。そんでもって、枯れるときも一斉に枯れる。さらに、一度咲くと、枯れたまま何年も復活しないんだ」  桜井は、座りながら、ふてくされているかのように大きな身振り手振りで話している。手に持ったジョッキの中身が揺れてこぼれそうになるたびに、口を寄せて飲む。不安定なように見えて、バランスがいい。 「一斉に咲いて一斉に散るという意味では、ソメイヨシノと似て潔さがある。桜も、一応縁起のいい木といわれているらしい。でも違うのは、竹は切腹や集団自決を連想させ、ソメイヨシノは薄命をイメージさせる。竹は地下茎でつながっていて、ソメイヨシノはクローン株という点でも、両者は似て非なるものだよ。 〈中省略〉 ソメイヨシノは、桜の代表みたいな感じだよね。なぜか合否の判定基準になっているところもあってさ、"咲かずに散る"イメージがある。まったくもって、縁起がいいのか悪いのかわからない。おれはめでたい名前だと言われるけど、その悪いところばかり持っているような気がするんだ。 一気に咲いて長続きしない人生も、一度も咲かないどころか芽もでない人生も、どっちもさみしすぎると思うわけだ」  桜井と飲むとウンチクを聞かされるのだが、これは愚痴だった。まあ、仕方ない。
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