蛇と桜

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町から離れた山の中腹に、古びた洋館がぽつんと建っている。 青色のうろこ屋根。三階建ての白い外壁をツル植物が覆っていた。 三階の真ん中の窓が開いている。窓辺にひとりの女の姿があった。椅子に腰かけた彼女の髪は、(きぬ)のような光沢の銀髪。陶磁器を思わす真白い肌とともに、春の温かな風が撫でていく。窓の額縁(がくぶち)に頬杖をつき、長い睫毛(まつげ)(ふち)どられた赤い瞳で物憂げに眼下を眺めていた。 深紅と黒を基調とした着物をまとい、(きら)びやかな金の帯を前で結んでいる。着物の(すそ)から伸びるのは白い(うろこ)の大蛇の身体だった。長い尾が椅子のまわりをぐるりと囲っている。 彼女は何百年と生きてきた白蛇である。ここ十数年、上半身は人、下半身は蛇、そんな姿で過ごしていた。 窓から望む景色は冬から春へと色づいていた。極寒と雪から息を吹き返したように、山肌が緑の濃淡のコントラストで覆われている。 そのなかで、至るところに浮かび上がる淡いピンク色。屋敷の周囲の桜並木も膨れ上がらんばかりに花をつけていた。風が吹くと無数の花びらが舞い上がり、窓辺の女のもとまで小さな花弁を運んでくる。 「先生」 遠くからそんな声が聞こえてきた。 「先生、先生」
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