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三月三十一日、橋の上で美桜と待ち合わせた。美桜は大きめのジャンパーにレザーのパンツ姿だった。女子校の生徒たちが黄色い声を上げるような、男装に近い姿。華奢なチェーンのブレスレットが少し浮いている。
「似合うかな? どう?」
「いいんじゃない」
「冷たいなぁ。喜ぶと思ったのに」
制服以外を着る美桜の姿を見るのは初めてだった。でも私は、セーラー服の裾から覗く美桜の脚が好きだった。無理に男を気取る訳ではない姿が。取り巻きたちと変わらないと思われているのが、私たちの三年間の虚しさを物語っている。
美桜と街を歩くのはブレスレットを買った日と修学旅行振りだった。
学校の近くを歩き回り、商店街で買い食いをし、夕暮れ近くになって川に出た。彼女と語り合った思い出の桜の木の下は誰かに陣取られていて、私たちは仕方なく橋の上から桜を眺めた。もう、新しい季節が巡ってくる。
美桜は徐にブレスレットを外し、私の前に差し出した。買った時と同じように。
「はい、返す。だから返して」
「やだ」
私は桜色のブレスレットを握りしめる。
「恋は捨てても、友情まで捨てたつもりはない」
「灯花」
美桜は幼子を諭すように私の名前を呼んで、その冷たい指先で私の指を一本一本優しく開いた。ああ、美桜に抗える訳がない。この指が私に触れるのも、きっと最後なのだ。
美桜はブレスレットを外し終えると、何の躊躇いもなく川へ投げ捨てた。
「ああっ」
伸ばした手は空を切り、二つのブレスレットは弧を描いて落ちていった。私たちの思い出は一瞬花筏を散らし水面を黒くしたが、すぐにまた花弁で埋め尽くされた。
「これでおしまい。明日からは他人だから。じゃあね」
美桜は私の、誰の恋にも傷付くことなく、悠然と去っていく。私は彼女の人生の汚点にすらなれない。
ああ、なんて身勝手で、傍若無人で、残酷で、美しいのだろう。その姿こそ私が恋した美桜の姿に他ならなかった。
涙が溢れないように上を向いた。宙を舞う花弁は満天の星空のようだった。花篝は白く淡い桜を浮き上がらせる。
美桜は淡くなんてなかった。篝火で照らさなくても、十分にあの白は輝いたのだ。
自ら散り際を定めたなら、美桜はきっと誰に惜しまれようと躊躇なく散っていくだろう。
散ってなお。桜はどうしたって美しくて、白々しくて反吐が出た。
ー了ー
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