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◆ ◆ ◆
店を出る頃には、陽が沈みかけていた。
点灯夫が長いさおを使って、ガス燈に火を点してまわっている。
茂彬がガス燈を見上げた。
「文明開化の最大の恩恵だ。夜が明るいものになっていけば、おのずと、闇は人々の間から退いていくだろう」
つられて小夜も顔を上げる。
闇を淡く照らす光は、月や提灯のものとは違うやわらかさがある。
店先には迎えの馬車が停まっていた。
しかし、茂彬は乗り込もうとしない。何かを御者へ耳打ちすると、馬車はふたりを乗せずに走り去った。
「……旦那様……?」
理由を尋ねようとした小夜だったが、口を開くより先に気づいてしまった。
背後から感じるのは、禍々しい『何か』。
ぞわりと背筋を撫でてくる。
招いている。闇へと……。
「ちょうどいい。今日は、私の仕事を君へ紹介する日だと言ったのを覚えているか」
「は、はい」
「新政府以降、怪異は存在しないものとして扱われることとなった」
小夜は息を呑んだ。
だからこそ禁止令が発布された、というのが公の理由となっているのは、小夜も知るところである。
「信じなければ目に見えないのが怪異だ。しかし、人々の意識はそう簡単には変わらない。負の感情は怪異を呼び、心の奥底に潜む畏れが怪異を具現化する。そのとき、誰が怪異を滅する?」
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