第二章 予兆

5/15
前へ
/46ページ
次へ
 ふぅ、と茂彬が息を吐き出した。  それから、小夜をまっすぐに見つめる。  どきん。小夜の心臓が大きく音を立てた。 (大丈夫、とは。旦那様は、わたしのことを信用してくださっている……?)  ふたりの視線が交差する。  茂彬の感情は読めない。 「くれぐれも、根は詰めないように」  行ってくる、と茂彬は告げて、その場から立ち去った。 「お気をつけて~」  春敬がひらひらと手を振った。  茂彬の姿が見えなくなったところで大きく伸びをする。 「さて、旦那のお許しも出たことだし、また今度勉強になりそうな書物を持ってくるとするか」 「よろしくお願いします」 「そんなかしこまらなくたって大丈夫でさぁ。ま、旦那の言う通り、ほどほどに」  にかっ、と春敬が歯を見せて笑う。 「そうですよ。あまり無理をしてはいけません」  みつも割り込んでくる。 「はい。大丈夫です」  大丈夫。  大丈夫。  この短い時間に耳にして、口にした言葉。 (それは、誰が誰に?)  小夜は空を見上げた。  雲ひとつない、清々しい晴れ空。    ◆ ◆ ◆ 『……夜。小夜……』  藍色の世界だった。  小夜は気づくと、上下のない空間にいた。 (最後の記憶は、眠る前だった。ということは、ここは、夢……?)  紅い着物を着た女性が小夜の目の前に立っている。  風もないのに銀色の髪がゆらゆらと揺れている様は、ふしぎな光景だった。 「あなたは……?」
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加