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第一章 選択
◆ ◆ ◆
――話は少し前に遡る。
「小夜。お前に暗殺の才能はない」
それは会話ではなく、威圧だった。
薄暗い畳の間。
髭を蓄えた初老の男は、感情のない顔で己の娘を見下ろす。
「次が最後だ。芦屋家の当主、芦屋茂彬の暗殺。失敗は許されない。分かっているな?」
「はい、お父様」
小夜は平安から脈々と受け継がれてきた暗殺者の家系の末裔である。
一族は呪いを生業とし、その時代の権力者に代々仕えてきた。
重たい体を無理やり持ち上げて、小夜は廊下へと出た。
すると、薄紫色の小袖姿の少女が、小夜を待っていたかのように明るい声をかけてきた。
「お姉様、綾子がとびきりの呪いを用意して差し上げましたわ。受け取ってくださいませ」
「……綾子さん」
小夜の妹である綾子はその才能を遺憾なく発揮し、新政府に反目する人間を数多く闇に葬っている。
扱う式神は、一子相伝の『十二神将』。女性でそれを初めて受け継いだ綾子は、間違いなく殺しの天才だった。
姉が失敗することを前提とした呪い。
それは、血のように赤い色をした、珊瑚の髪飾りだった。見た目自体は流行りの意匠であり、小夜も目にしたことがある。
しかし、おどろおどろしい気配が滲み出る、立派な呪具だった。
小夜は髪飾りを手にすると、すぐに結った髪へと挿した。
「ありがとうございます。最期くらいは、お父様のご期待に添えるよう頑張ります」
「応援していますわ。臓物をぶちまけて、どちらのものか分からないくらい凄絶な死を遂げてくださいませ」
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