第二章 予兆

10/15
前へ
/46ページ
次へ
 風に運ばれてくるにおいが違う。  小夜は神経を研ぎ澄ませた。緊張が、皮膚を刺してくる。  一瞬の油断が命取りになる。  瞬きも、唾を飲み込むことも、してはならなかった。 (どこから来る……?)  小夜はかつてないほどに緊張していた。  今は茂彬がいない上、みつを守らないといけないのだ。 「……っ!」  ちりり。  小夜の目線上に、式神が現れる。その心臓部に組み込まれているのは五芒星。線が朱く光った。 『お姉様、ご無沙汰しておりますわ』  歌うように語りかけてくるのは綾子だった。  式神といえど油断はできない。相手は稀代の暗殺者なのだ。 『そろそろ、芦屋茂彬は油断してきた頃合いかしら?』  綾子は、小夜が茂彬を巻き込んで目的を達成するのだと考えているのだ。  従うふりをして、弱々しい牙を研いでいるのだと。  小夜は息を呑んだ。 (言わなければ。今、ここで。みつさんの前で)  言葉を発しようとすればするほど、口の中が渇いていくようだった。  動悸で耳の奥がうるさい。 「わ、わたしは」  背筋を伸ばして、小夜は宣言する。   「わたしには、あの方を殺すことはできません」 『何ですって?』 「小夜さん……!」  小夜の後ろに立つみつの声は、何故だか涙混じりだった。 『まぁ、呆れたこと。言うに事欠いて、任務の放棄? だとしたらここで死んでも、何も言えないわね』
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加