46人が本棚に入れています
本棚に追加
風に運ばれてくるにおいが違う。
小夜は神経を研ぎ澄ませた。緊張が、皮膚を刺してくる。
一瞬の油断が命取りになる。
瞬きも、唾を飲み込むことも、してはならなかった。
(どこから来る……?)
小夜はかつてないほどに緊張していた。
今は茂彬がいない上、みつを守らないといけないのだ。
「……っ!」
ちりり。
小夜の目線上に、式神が現れる。その心臓部に組み込まれているのは五芒星。線が朱く光った。
『お姉様、ご無沙汰しておりますわ』
歌うように語りかけてくるのは綾子だった。
式神といえど油断はできない。相手は稀代の暗殺者なのだ。
『そろそろ、芦屋茂彬は油断してきた頃合いかしら?』
綾子は、小夜が茂彬を巻き込んで目的を達成するのだと考えているのだ。
従うふりをして、弱々しい牙を研いでいるのだと。
小夜は息を呑んだ。
(言わなければ。今、ここで。みつさんの前で)
言葉を発しようとすればするほど、口の中が渇いていくようだった。
動悸で耳の奥がうるさい。
「わ、わたしは」
背筋を伸ばして、小夜は宣言する。
「わたしには、あの方を殺すことはできません」
『何ですって?』
「小夜さん……!」
小夜の後ろに立つみつの声は、何故だか涙混じりだった。
『まぁ、呆れたこと。言うに事欠いて、任務の放棄? だとしたらここで死んでも、何も言えないわね』
最初のコメントを投稿しよう!