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綾子の声はどこまでもあっけらかんとしていた。
彼女にとっては、人間は殺すか利用するかの二択しかない。血縁であろうとなかろうと、関係ないのだ。
ぶわぁっ……!
綾子の式神が、背後に大きな影を作る。まるで荒々しい獣のように。式神に描かれた五芒星を心臓としてうねりながら咆哮する。
いつの間にか周囲の通行人たちは消えていた。
つまり小夜たちが立っているのは、綾子の結界の内側ということだ。
(勝てる訳がないし、勝つ必要もない。ここから逃げて、帰れたらそれでいい)
小夜は自然と浮かんだ考えに驚く。
(……実家ですら、帰りたいと思ったことはなかったのに)
そして、歯を食いしばった。
しゅばっ!
小夜は式札符を虚空へ放つ。意志を持ったかのように舞い踊り、獣の影へと向かう式神。
腕を真っ直ぐ伸ばして、指先を己の式神へと向ける。
「〈青龍・白虎・朱雀・玄武・――ッ!」
九字は途中で遮られ、小夜は尻もちをついた。
獣の影が小夜を吹き飛ばしたのだ。
ぱっくりと大きく口を開けて、小夜とみつを丸飲みにしようとしている。
鋭利な牙が光る。処刑道具のような、獣の口。
(喰われる)
圧倒的な力の差があることは承知の上で挑んだ。
しかし、攻撃する機会も得られないままに呑まれようとしている。
(申し訳ありません、旦那様。みつさんを守れなかった……)
「小夜さんっ! 伏せてください!」
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