第二章 予兆

15/15
前へ
/46ページ
次へ
 いつでも動けるように、と小夜は気を引き締める。  綾子とて、式神のみで茂彬を殺せるとは思っていないだろう。 (旦那様が現れた以上、ここでの戦いは長引かせないはず)  発言主である茂彬は一枚の呪符を取り出した。  縦四本と横五本からなる、格子。  はしばみ色の瞳が黄金に烈しく輝く。 「〈呪符退魔、急急如律令〉」  ごぉぅっ、と足元から巻き起こるのは、茂彬の圧倒的な力――  小夜が瞬きをした次の瞬間、周囲に色と音が戻ってきていた。 「逃げたか」  小夜の隣で茂彬が呟いた。その声に感情は見当たらない。  手にしていたのは、みつが抱えていた食材だった。 「だ、旦那様……」  どのように謝罪すべきか言葉を選ぶ小夜の顔色は悪い。  茂彬はようやく小夜へと視線を向けた。  そして、右手でそっと小夜の頬を拭った。 「……!」 「怪我をさせてしまったな。すまない」  茂彬の瞳の色は元のはしばみ色に戻っている。 「みつを戻すには少し時間が要る。今日の食事は私が作ろう」 「い、いえ、旦那様にさせる訳には」  うろたえる小夜。  改めて認識する。みつは、茂彬の式神だということを。 「ならば、一緒に作るか」 「……え?」 「みつが戻ってきたときに、驚かせてやるといい」  そう提案する茂彬の口元は、わずかに綻んでいた。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加