第三章 開花

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 不運だったのは、それ故に記憶の奥底に沈んでしまったということだろう。    ◆ ◆ ◆ 「まだ万全ではないのですから、座っていてください」 「いえいえ、そんな訳にはいきません」  小夜が炊事場にいるところへ現れたのは、割烹着姿のみつだった。  袖を捲って襷で縛り、準備は万端だ。  綾子の式神との邂逅から数日が経っていた。  みつは茂彬の手によって人間の形を取り戻し、以前と変わらぬように働いている。  しかし、小夜はみつを気遣い、屋敷の中を走り回っていた。 「小夜さんは心配しすぎです。私が人間じゃないことはお判りでしょう?」 「それでも、です」  賑やかな押し問答の末に食事は完成した。  麦飯と漬物、煮魚の乗った箱膳を運び、茂彬と三人で昼食をとる。  不意に茂彬が小夜へ尋ねてきた。 「今日、この後の予定はどうだ?」  春敬と医術の勉強をするのか、という意味でもある。 「いえ、今日は約束をしておりません」 「ならば私に付き合ってもらいたいのだが」 「あら、お出かけされますか?」  みつが明るい声をあげて、茂彬と小夜を交互に見た。  茂彬がすまし顔で答える。 「珍しく予定がない。半日とはいえ、休むのはありだろう。……休めと言われたからな」
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