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不運だったのは、それ故に記憶の奥底に沈んでしまったということだろう。
◆ ◆ ◆
「まだ万全ではないのですから、座っていてください」
「いえいえ、そんな訳にはいきません」
小夜が炊事場にいるところへ現れたのは、割烹着姿のみつだった。
袖を捲って襷で縛り、準備は万端だ。
綾子の式神との邂逅から数日が経っていた。
みつは茂彬の手によって人間の形を取り戻し、以前と変わらぬように働いている。
しかし、小夜はみつを気遣い、屋敷の中を走り回っていた。
「小夜さんは心配しすぎです。私が人間じゃないことはお判りでしょう?」
「それでも、です」
賑やかな押し問答の末に食事は完成した。
麦飯と漬物、煮魚の乗った箱膳を運び、茂彬と三人で昼食をとる。
不意に茂彬が小夜へ尋ねてきた。
「今日、この後の予定はどうだ?」
春敬と医術の勉強をするのか、という意味でもある。
「いえ、今日は約束をしておりません」
「ならば私に付き合ってもらいたいのだが」
「あら、お出かけされますか?」
みつが明るい声をあげて、茂彬と小夜を交互に見た。
茂彬がすまし顔で答える。
「珍しく予定がない。半日とはいえ、休むのはありだろう。……休めと言われたからな」
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