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やがて、勝敗は喫した。
そもそも小夜が茂彬に敵うはずがなかった。押し切るようにして、茂彬は簪の代金を支払った。
恐る恐る小夜はそれを受け取った。
決して華美ではないが、気品を漂わせている一本の簪。
「……ありがとう、ございます」
そして、心のなかで誓う。
(たとえ芦屋家から出る日が来たとしても、絶対に売ることはないと思うけれど)
ただ、その日は確実に訪れる。
小夜は藤田家に戻らなければならない。その後は想像に難くない。
それならば、穏やかな日々の想い出として隠し持っておこう、と……。
視線を感じて顔を上げると、茂彬ははしばみ色の瞳でじっと小夜を見つめていた。
「挿さないのか?」
「え、えぇと」
小夜は髪を束ね、まとめるために簪を挿した。
恐る恐る茂彬を見遣る。
(……!)
茂彬の口角がわずかに上がっている。
表情も、どことなく柔らかい。
小夜は気づいてしまったことを気づかれないように、俯いた。
◆ ◆ ◆
買い物を終えたふたりは、帰路につく。
陽はまだ高い。
みつと共に、茶菓子でもいただこうかと話していたときだった。
「茂彬さま!」
軽やかな、鈴の音のような女性の声だ。
屋敷の前に立っていたのは、矢絣の小袖に海老茶色の袴の、女学生。
茂彬の姿を視界に捉えると、彼女は茂彬目掛けて駆け寄ってきた。
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