第三章 開花

4/16
前へ
/46ページ
次へ
 やがて、勝敗は喫した。  そもそも小夜が茂彬に敵うはずがなかった。押し切るようにして、茂彬は簪の代金を支払った。  恐る恐る小夜はそれを受け取った。  決して華美ではないが、気品を漂わせている一本の簪。 「……ありがとう、ございます」  そして、心のなかで誓う。 (たとえ芦屋家から出る日が来たとしても、絶対に売ることはないと思うけれど)  ただ、その日は確実に訪れる。  小夜は藤田家に戻らなければならない。その後は想像に難くない。  それならば、穏やかな日々の想い出として隠し持っておこう、と……。  視線を感じて顔を上げると、茂彬ははしばみ色の瞳でじっと小夜を見つめていた。 「挿さないのか?」 「え、えぇと」  小夜は髪を束ね、まとめるために簪を挿した。   恐る恐る茂彬を見遣る。 (……!)  茂彬の口角がわずかに上がっている。  表情も、どことなく柔らかい。  小夜は気づいてしまったことを気づかれないように、俯いた。    ◆ ◆ ◆  買い物を終えたふたりは、帰路につく。  陽はまだ高い。  みつと共に、茶菓子でもいただこうかと話していたときだった。 「茂彬さま!」  軽やかな、鈴の音のような女性の声だ。  屋敷の前に立っていたのは、矢絣の小袖に海老茶色の袴の、女学生。  茂彬の姿を視界に捉えると、彼女は茂彬目掛けて駆け寄ってきた。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加