第三章 開花

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 みつの説明によると、少女の名は芦屋淑子(よしこ)。  分家筆頭の長子。すなわち、一族によって決められた茂彬の婚約者。  両親は薬草畑の管理を任されている。  淑子は淑子で、小夜が芦屋家にいる経緯は知らなかったらしい。 「と同い年ね」  淑子は、小夜にではなく、茂彬へ向けて感想を述べた。  そんな彼女は茂彬の隣から離れようとしない。  向かい合って座る小夜は愛想笑いを顔に貼りつけたまま、ふたりのやり取りを眺めていた。  煎茶と共に出されたのは南蛮菓子ことカステラ。  濃い黄色の断面へデザートフォークを入れると、しっとりしながらも弾力が伝わってくる。  芦屋家で初めて食べたもののひとつであるが、小夜は密かに気に入っていた。  ところが、今はその甘さが舌に伝わってこない。 (婚約者……)  耳にした単語がどうにも引っかかっているのだ。 (婚約者っていうことは、旦那様の、お嫁さんになる人……)  小夜はこれまで同世代の女性に会ったことがなかった。  目の前の淑子ははつらつとしていて、肌も髪も艶がある。 (女学校に通っているんだ……)  学校というものが教養を学ぶ場所であることくらい、小夜にも分かる。  陰陽道の系譜に連なっているというのに、この差は何なのか。  小夜は自らの手に視線を落とした。  芦屋家での生活によりだいぶ良くなったとはいえ、傷の絶えなかった手……。 「小夜さん?」
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