47人が本棚に入れています
本棚に追加
春敬と呼ばれた青年が見上げた長身の青年こそ、芦屋茂彬その人だった。
白皙の美貌と名高い彼は、薄茶色の髪で、はしばみ色の瞳の持ち主。異国の血が混ざっていると噂されている。
すっと茂彬は小夜に近づくと、感情の読めない瞳で見下ろした。
「しばらくは寝ているといい。呪いに利用されていたのだ。体調が万全に戻るまではしばらくかかるだろう」
「旦那、旦那。いきなり呪いだなんて言ったら、びっくりしちゃいますぜ。物事には順序ってやつがあるんですから」
春敬は、小夜が挿していたはずの珊瑚の髪飾りをひらひらとかざした。
「流行りの髪飾り。これに、持ち主を巻き込んで呪い殺す術がかけられていたんでっさ。いやー、旦那がたまたま遭遇しなければ、お嬢さんを巻き込んで甚大な被害が出てたでしょうね!」
「数年前に新政府より禁じられた秘術だ。恐らく、これを身に着けてからの意識はないのでは? 私を殺す、と言って目の前に飛び出してきたのだから」
春敬とは真逆の淡々とした口調。
小夜は、自らの血の気が引いていくのを感じていた。
(確かに言いました。お命頂戴、と。ですが、それは自分の意志で、です)
しかし真実を告げることはできない。
小夜は、茂彬の推論に乗ることにした。布団の中で何度も頷いてみせる。
「秘術は禁止されたといえ、密かに横行しているのも事実だ。春敬は怪異専門の医者だ。困ったことがあれば頼るといい」
「おや? 旦那、もうお出かけで?」
茂彬はインバネスコートを着ていた。山高帽を被ると、無表情はさらに見えなくなる。
「簪の出処はまだ分かっていない。今日は満月だ。術者を突き止めるには、絶好の日だろう」
「ご武運を」
茂彬を見送り、春敬は首を傾げた。
「しかし、口がきけないってのは呪いの余波かねぇ」
最初のコメントを投稿しよう!