48人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
インバネスコートに羽織姿の、茂彬だった。
「〈青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女〉」
呪符を取り出し印を結ぶ。一切の躊躇いはなかった。
はしばみ色の瞳が黄金に輝き、小夜を刺す。
ごぅっ!
小夜だったものの右足は吹き飛ばされ、体勢を崩す。
「まだ、自我は残っているか?」
「ぁぁ……ぅぅ……」
「君が人間へと戻りたいならば、力を貸そう」
声が、出ない。
空気が漏れるだけ。
「しかし、もはやただの呪いへと堕ちてしまったのならば、私には君を滅する義務がある。たとえそれが、己の本意でないとしても」
めりめりと音を立てて、右足が胴体から伸びてくる。
言いようのない不快感が込み上げてくるが、それを打ち消すように湧いてくるのは、小夜自身の意志だった。
(旦那様を守る為ならば、この身が滅んでもいい)
点灯夫のように。
小夜の心に炎を点したのは、小夜自身だった。
そして、ようやく気づく。
――唯一小夜に残っているものの存在を。
――守っていた、ものを。
呪いと転じたはずの右腕が人の形を取り戻し、掴んだのはべっこうの簪だった。
「ぅぅ……」
そのまま迷うことなく、小夜は簪の先を己の皮膚へと、心臓へと突き立てる。
ぶすりという鈍い音。
刹那、周囲は眩いほどの光に包まれ――
「小夜!?」
初めて小夜の名を呼んだ茂彬が、駆け寄ってくる。
小夜の意識はそこでぷつりと途絶えた。
最初のコメントを投稿しよう!