第三章 開花

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 インバネスコートに羽織姿の、茂彬だった。  「〈青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳(こうちん)・帝台・文王・三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)〉」  呪符を取り出し印を結ぶ。一切の躊躇いはなかった。    はしばみ色の瞳が黄金に輝き、小夜を刺す。  ごぅっ!  小夜だったものの右足は吹き飛ばされ、体勢を崩す。 「まだ、自我は残っているか?」 「ぁぁ……ぅぅ……」 「君が人間へと戻りたいならば、力を貸そう」  声が、出ない。  空気が漏れるだけ。 「しかし、もはやただの呪いへと堕ちてしまったのならば、私には君を滅する義務がある。たとえそれが、己の本意でないとしても」  めりめりと音を立てて、右足が胴体から伸びてくる。  言いようのない不快感が込み上げてくるが、それを打ち消すように湧いてくるのは、小夜自身の意志だった。 (旦那様を守る為ならば、この身が滅んでもいい)  点灯夫のように。  小夜の心に炎を点したのは、小夜自身だった。  そして、ようやく気づく。  ――唯一小夜に残っているものの存在を。  ――守っていた、ものを。  呪いと転じたはずの右腕が人の形を取り戻し、掴んだのはべっこうの簪だった。 「ぅぅ……」  そのまま迷うことなく、小夜は簪の先を己の皮膚へと、心臓へと突き立てる。  ぶすりという鈍い音。  刹那、周囲は眩いほどの光に包まれ―― 「小夜!?」  初めて小夜の名を呼んだ茂彬が、駆け寄ってくる。  小夜の意識はそこでぷつりと途絶えた。
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