47人が本棚に入れています
本棚に追加
◆ ◆ ◆
正確に言えば、小夜は自らの意志で喋れないように装っていた。
「きちんと召し上がっていただけたようで安心しましたわ」
粥を給仕してくれたのは、使用人のみつと名乗る、ふくよかな女性だった。
小夜は首を縦に振り感謝を表す。
「また様子を窺いに参りますので、ゆっくりお休みくださいね」
みつはにこにこしながら膳を両手で持ち、すぐに中座した。
障子の向こうは鮮やかな夕暮れ。
あと少しで陽が沈む。
夜の闇は暗殺者にとって狩場となる。
障子の隙間から小さな人形の紙が入り込んできて、敷布団の上に立った。
『驚きましたわ。お姉様は、こんな簡単なことでも失敗なさるのね!』
予想通りだった。
現れたのは、綾子の式神だった。
闇に包まれた室内で、輪郭が淡く光を帯びる。
『ですが芦屋家に入り込めたのは唯一の成功だったかもしれませんわね。改めて呪具を幾つかお送りしますので、必ずや、芦屋茂彬を殺してくださいませ』
ところが。
ちりちりちり、と青い火を上げて式神は消えた。
障子が引かれて、月光が室内へと射してくる。
立っていたのは茂彬だった。
「なるほど、藤田家の仕業だったか。合点がいった」
最初のコメントを投稿しよう!