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◆ ◆ ◆
着いたと茂彬が告げるのと同時に、馬車が止まった。
一面に広がるのは、瑞々しく白い花畑。
小夜は瞬きを繰り返してその光景を眺めた。
「畑……?」
「薬草畑だ。芦屋家は幸いなことに多くの土地を持っているので、そのうちの幾つかで、薬となりうる植物を栽培している。雇用を創出するだけではなく、起こりうる疫病に対しての備えとして」
つまり、茂彬は、陰陽道を用いて薬草を育てているのだった。
呪禁だけではない。天文道や暦道など、様々な技術を統括して陰陽道と呼ぶ。
そもそも芦屋一族自体が都を追われた陰陽師だったが、長い時間を経て市井に溶け込み、人々のためにその力を使ってきた。
「禁止令は発布されたが、いつか必ず求められる日が来る。その日まで、正しく守り続けるのが私の責務であり使命だと考えている」
禁止令の発布で影響が及ぶのは芦屋家のみ。
新政府により、陰陽道は藤田家、すなわち土御門家のみが密かに受け継ぐべき、という意志が発せられたともいえる。
その横顔を小夜はじっと見つめた。
薄茶色の髪はやわらかく風になびく。
瞳は真っ直ぐに花畑へと向いているように見えて、遥か遠くの未来を見据えているようだった。
(なんて美しいお方なんでしょう)
茂彬を尊敬の眼差しで見つめれば見つめるほど、小夜は、己の貧しさに恥じ入りたくなる。
「さて、食事にしようか。先ほどの話から推察するに、外食はしたことがないだろう。行きつけの店へ案内しよう」
茂彬が小夜へ顔を向けると、小夜は恥ずかしさから顔を背けてしまうのだった。
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