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小百合が朝目を覚ますと、顔の横に卵があった。
小百合はまず自分が寝ぼけているのかと思った。そして、もう一度眠ろうと努めた。
五分くらいも経過しただろうか。二度寝はできなかった。そして目を開けて右側を見た。そこにはやはり卵があった。それは白い、いつも買っている食用の卵そのものだった。
あれ、買い置きがあったかな?と、小百合は考えた。いやいや、最近は値上がりしてしまったためなんとなく買いそびれていて、いま、うちには卵はないはずだった。
実はまだ寝ぼけていて、違うものが卵に見えているんじゃないか。小百合はそう考えた。そして自分の手で触れてみた。
普通に、いつも、いまは買い置きはないけれど、いつもスーパーで買ってる卵の感触で、冷たかった。
どうせ夢なら温めたら孵化するだろうか、なにかが生まれでてくるだろうか。そう考えた小百合は、枕の上、首の近くにその卵を置いて温め始めた。
今日は土曜日、どうしても出かけなくちゃいけないところはないから、このまま一日こうして寝っ転がって卵を孵化させてみようかな。小百合はそんなふうに考えてみた。
あたしが生んだんじゃないよね?
ふと、小百合は不安になった。起き上がってベッドから立ち上がった。お腹の方を見てみた。股の辺りも出血はしてない。背中の方がよく見えないので全身鏡に写してみた。パジャマのままだけど、うん、出血はしてない。トイレへ行って用を足した。うん。出血はしてない。
洗面所へ行って、手を洗って、それから顔も洗った。鏡の中にはいつもと代わり映えのしない自分がいた。
ベッドへ戻ると枕には白い、食用の、標準的なそれとなんの変わりもない卵がそこにあった。
なにか考えてみようと思ったけれど、早々に考えはまとまりそうにないなと思って、小百合はまたそこへ寝転がった。首元で卵を温められるように、位置を調整してみたりした。
なにが生まれてくるだろうか。小百合は想像してみた。ヒヨコが普通に出てくることはないだろうと考えた。出てきてヒヨコだったら最初のうちはカワイイかもしれないけれど、そのうち大きなニワトリになったりしたら、このマンションじゃとても飼えないし、うるさいだろうなと考えた。
まさか恐竜が出てきたりはしないよねとも考えた。いやいや、恐竜って何世紀も前に実在したのか…、したでしょう!でも、いまじゃないでしょ!なんて、いやいや、恐竜はないでしょうと結論に達した。
それからもう少し考えて、「希望」じゃないよね?と疑ってみた。神話に出てくるなんとかの箱みたいに、「希望」だったりすると、それは必ずしも楽観視できるそれじゃなくて、むしろ「不幸」みたいな…。いやいや、いまの自分に「希望」はいらないでしょ。希望だったら孵化させたくないかな…、なんてそんなことまで考えた。
そんなことを考えているうちに小百合は寝落ちしてしまった。
目が覚めたらもう昼は過ぎていた。いろいろハードな一週間だったから、疲れていたのだろう。そして枕元には卵があった。小百合のお腹はグゥと鳴った。とてもお腹が空いていたのだ。小百合はパジャマのままエプロンを付けて料理を始めた。いつもと同じ、小分けして冷凍しておいたご飯を電子レンジで温め始めた。ミックスサラダの残りがあったので器に移した。卵がそこにあったから、フライパンを取り出してコンロで温め、サラダオイルを引いて目玉焼きを作った。
「いただきます。」
いつもと同じ、小さなテーブルに用意した朝食を食べ始めた。箸が目玉焼きの白身に触れたときに小百合は思い出した。
あ、これ、孵化させようと思ったんだ!なんだ。ただの卵だったんじゃない。
そう思いながらも、その目玉焼きを食べてしまった。ヒヨコでも恐竜でもなく、ましてや希望でもなかったただの卵だったそれを食べてしまった。
腹がへっては…なんにもならないからねー、なんてそんなことを考えていた。
でも、お腹をこわしたりしないだろうか。だって、どこからきたのか分からない。少なくとも数時間はベッドの上に、自分の横に放置されていただけの卵って…、冷蔵してなくって大丈夫なんだろうかと小百合の頭の中は不安でいっぱいになった。
小百合は目を覚ました。つまり、あんまりお腹が減って朝食を食べている自分の姿を夢に見たらしかった。右を向くと、卵はまだそこにあった。さて、どうしたものやらと考えつつ、とりあえず小百合はベッドに横たわったままでいた。ま、今日は一日ゆっくりこの卵を温めて妄想を楽しもう!そんな風に想いを巡らすのであった。
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