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持参したスリッパを履き、みしみしと音を立てる床におびえながら私は四十年ぶりの実家を点検して回る。
襖で仕切っただけの畳間が延々と続く田舎の一軒家は家具も家財もきれいに処分されていた。代替わりした兄はとんだ宿六のはずだが、嫁いでくれたお義姉さんがよほどしっかりした人だったのだろう。
ありがたい。残されているものがあればすべて業者に頼んで捨ててもらおうと思っていたし、八割がたそうなるだろうと覚悟もしていたから。
後で蔵にも行くつもりだが、この様子ならあっちも大丈夫な気がする。
結局あったのは小さな段ボール箱がひとつだけ。かつて私の部屋だった二階の一間に置かれた、落書きだらけのノートや当時の私が好きだったアイドルのカセットテープなどのガラクタを詰めた箱だけがこの家の財産だった。
これも捨ててくれて良かったんだけど。
とはいえ、会ったこともないお義姉さんの気遣いには痛み入る。人は自分にないものを持つ相手に惹かれるというが、兄とお義姉さんもそんな感じだったのかもしれない。
晩年、衰弱した祖母は「悦ちゃんはいけん。あそこは、もう、尽きた。帰ったらいけんよ」と病室で譫言を繰り返した。私はその言いつけを忠実に守ったし、兄もまた出奔した私を呼び寄せることはなく、結婚の知らせさえ寄越さなかった。大らか、というより、すべてに無頓着で根のない兄は私がいようがいまいがあまり気にならなかったのかもしれない。
兄が死に、遺言状を開いてはじめて妹がいたことを知ったうえ、この家のすべての財産が兄ではなく祖母から直接私に相続されていると知ったお義姉さんはさぞかし驚いたことだろう。
それでも代理人を通じた金銭のやりとりで揉めもせず引き下がってくれたのだから、本当に兄にはもったいないくらい良くできた人だ。
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