第七夜 塩の姫

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 なんでも集まる国のなんでも集まる市場に、何人もの姫たちがいました。きれいなドレスで飾りたてられた彼女たちは、自分と引き替えになった品の名前で呼ばれるのが習わしでした。  象牙の姫、生糸の姫、胡椒の姫……。その中に塩の姫がいました。  黒髪に青い目をした彼女は頭が良く、物の計算がとても早く正確にできました。  その能力を見初めて塩の姫を買い取ったのは西海(せいかい)の街から来た恰幅(かっぷく)の良い女商人でした。彼女は塩の姫に西方の言葉を教えながら故郷の街へと帰りました。 「ごらん、あれが海というものだ」  西海の街まで着くと、女商人は塩の姫を連れて夜の海へ散策に出掛けました。不思議に響く音がさざ波というもので、一晩中途切れることがないのだと説明されると、姫は驚いた様子でした。 「そして向こうに見えるのが製塩所(せいえんじょ)。海水を引き、塩を作るための場所だ」  目の前にいくらでも広がる水の中から塩が作られるのだと聞くと、それと引き換えに故郷から連れ出された塩の姫は悲しそうに目を伏せました。 「それは、わたしの価値など、いくらでも取り出せるつまらないものということですか?」 「まさか。塩は『白き砂金』とも呼ばれる、生きるために欠かすことのできないものじゃないか」  浮かない表情の姫を見て、女商人はため息を吐きました。 「お前を見てると、鬱々(うつうつ)としていた自分を思い出す。商家に生まれたのに『女は商人に向かない』と散々言われて馬鹿にされ、自分の価値に自信が持てなかった頃の私のようだ」  そう言って、女商人は月明かりに光る水平線の先を鋭く見据えました。その目の中には強い野心の色が浮かんでいます。 「陸の道は、男たちによってすっかり占められてしまった。だから私は、この海の先に商機を探すつもりだ。もしたどり着いた先がお前の故郷ならば、お前の覚えている言葉が役に立つこともあるだろう」 「わたしも、海を渡るのですか?」 「お前の計算は正確で助かるし。なにより塩の水で囲まれた旅路に、お前の名はとても縁起が良いじゃないか」  大きな笑みを見せられて、塩の姫はもう一度海を眺めました。    広大な海原と途切れることのないさざ波。そこには、自分の価値を見出だせる希望があるように感じられました。  十年後、女商人は新たな海路でもって商売を広げました。  彼女の隣にはいつも、勘定から計測、現地の通訳などを任された『白き砂金』という名の優秀な相棒がいたということです。
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