第一夜 蝶々の姫

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 こんな姫がいた。  まばゆい夏の夕陽に照らされて、蝶々(ちょうちょう)の姫がようやく固い(さなぎ)の衣を脱ぎ捨てました。淡い(すみれ)色の衣に袖を通した蝶々の姫は、周りの動物たちも振り返るほどの、それはそれは美しい姿をしておりました。  蝶々の姫はすいと身体を伸ばすと、初めて得た(はね)を揺らして青々とした田んぼの上を軽やかに横切ってゆきます。その顔は若々しい喜びと、淡いときめきの色に染まっておりました。  蝶々の姫は恋をしていたのです。  まだ幼い時分、畔道(あぜみち)に転がり出てしまったところを優しく野に返してくれた百姓の若者がおりまして、その時から蝶々の姫はその若者にずっと恋焦がれていたのでした。 「美しく変わった自分の姿を、どうか一番に見てほしい」  次の朝まで待つことさえももどかしく、蝶々の姫は夕闇迫る中を、若者の寝起きする家まで羽ばたいてゆきました。  蝶々の姫がゆるいすき間から家の中へとすべり込みます。小さな部屋の中ではちょうど、若者が優しそうな奥様と可愛らしい娘と一緒に夕餉(ゆうげ)を囲んでいるところでした。  若者の顔をもっと近くで見ようとした姫の翅がふと、何かに引かれました。振り向いて見えたのはぎらりと粘りつく銀の糸。それが何かに気づいた姫ははっと息をのみました。  振りほどこうとしても糸は絡まってほどけません。すぐに糸の震えに気づき、部屋の隅から黒い織手(おりて)が姿を現しました。 「おとう、ちょうちょがクモの巣に引っかかってる」  小さな娘がふと、指を差して言いました。若者が顔を上げて娘の示す先を見ます。 「ああ、本当だ」 「助けてやれる?」  若者は立ち上がるとクモの巣へ手を伸ばしました。クモを払って小さな蝶々を巣からすくい出しましたが、きれいだった菫色の翅は無惨に千切れてしまった後でした。  蝶々の姫は若者の手の中で何度か小さく身体を震わせると、やがてぱたりと動かなくなりました。 「可哀想に。こんな家に迷い込まなければ、このきれいな翅でもっと長く生きられただろうに」  若者がぽつりと言うと、小さな娘は悲しげな顔をしました。 「おはか、つくってあげよ」 「ああ、そうしよう」  若者は娘と一緒に家の外へ出ると、蝶々の姫のなきがらを畑の片隅に埋めてやりました。  蒸し暑い空の上に冴えた月明かりが広がる、ある夏の夜の出来事でごさいました。
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