第十夜 戦の姫

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 かがり火に照らされた(いくさ)の姫が天幕(てんまく)に入ると、中にいた兵たちがわっと声を上げました。 「姫さまだ」 「姫さまが来られたぞ」  そこにいたのは怪我を負った兵たちでした。姫は結い上げた黒い髪を揺らしながら彼らの顔をぐるりと見渡すと、(りん)とした声を上げました。 「みな、これまで良く頑張った。つい先ほど援軍の報せが届いた、四年に渡る我らの戦もようやく終わるだろう」  その言葉に兵たちの表情はぱっと明るくなりました。 「明日が最後の戦となろう。そなたたちは大事をとって休んでいてくれ」 「何を言います、姫さま」 「姫さまが出られるのです、動けぬ者以外はみなついてゆきます」  東端国の王の実娘(むすめ)でありながら西国との戦の旗頭(はたがしら)に任ぜられ、四年ものあいだ生死を分ける戦場をくぐり抜けてきた彼女は『奇跡の姫将軍(ひしょうぐん)』と崇められておりました。一年前の火矢の奇襲で受けた顔の火傷でさえも、ある種の神々しさをもって受け入れられていたのです。 「かたじけない、そなたたちにも軍神の加護があらんことを」  天幕を出た姫は、供の男を一人連れて物見台へと上がりました。錆びた夜の香りを深く吸い込むと、姫はぽつりと言いました。 「ようやく終わりますね、私の番で」  幼い頃から付き従ってくれている男を振り返ると、姫は泣きそうな顔で笑いました。 「良かった、この(かお)まで妹たちに引き継がせるのは気が重かったので」  彼女は、姫将軍の三人目の身代わりでした。  初めの姫将軍であった一の姫は戦場に来て半年で命を落としました。もともと争いに向く人ではなかったのです。  二の姫と三の姫は双子でしたので、一度身代わりが上手くいけば後が楽でした。武芸に秀でた三の姫が亡くなった原因が、一年前の火矢の奇襲です。  兵たちは果たして誰も気づかなかったのか。それは分かりません。人はいつだって信じたいものを信じるのです。  戦の姫を受け継ぐために顔まで焼かれた四の姫に、供の男は静かに問いかけます。 「この戦が終わったら、どうなさるおつもりで?」 「平和な世になれば醜い姫など目障りなだけでしょう。私は市井に降りるつもりです」  そう言ってはかなく笑う姫に、供の男は頷いて言いました。 「では、自分もお供致します。世に戦の姫が不要になっても、自分にはずっと、貴女(あなた)が必要ですから」  姫はしばらく黙っていましたが、やがてその頬に一筋の涙が伝い落ちました。  夜が明ければ、東端国と西国との最後の戦が始まります。
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