特別と言うには大袈裟な日

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居酒屋金魚では、名前の通り金魚鉢の中で金魚が飼育されている。私のお気に入りは黒のデメキンで、その黒のデメキンが飼育されている金魚鉢の傍、一番端のカウンター席が私のお気に入りだった。 嫌な連続の一日である今日、当然のように私のお気に入り席は空いておらず、ひとりで勝手に肩を落とす。 それよりも、さすがの華金だ。普段よりも来るのが遅くなったというのもあるだろうが、同じようなスーツを着た人達や、成人しているのか怪しい見た目の若者たちと。テーブル席もカウンター席も。色とりどりな花を咲かせるように賑わっていた。 「琉星(りゅうせい)!! 遅刻すんならメッセージじゃなくて……って、なんでお前だし巻きちゃんと一緒にいんだよ」 怒声にも似た声色で話したのは、両手にビールジョッキを三本持つ居酒屋金魚の店長である。そして店長が呼んだ″琉星くん″は同じく居酒屋金魚の従業員で、主にキッチンで料理を作っている筈だ。 「すんません店長。だし巻きちゃんが駅で困ってて電話する余裕無かったッス。それより店長、個室って空いてるッスか? だし巻きちゃん捻挫しちゃったみたいで」 「お、おおー……そりゃ大変だな! と、とりあえず個室は空いてっから好きに使ってくれ!」 店長は私と隣に立つ彼を交互に見た後、ビールの泡が減ってきている事に気づいてか、すぐ様に姿を賑わう人混みの中に消していった。かく言う私は、隣に立つ彼を見上げるように見て、 「琉星くん……じゃないよね?」 琉星と呼ばれた彼の名前を確認するように、言葉を置いた。 隣の彼は長い黒髪を適当に後ろで結い始める。すれば、隠れていた両耳が姿を現した。その両耳には銀色でリング状のピアスがされていて、見覚えあるそれに私は青ざめた。冷や汗にも似たものが背中を伝い、私は申し訳ない気持ちと顔を合わせるのが気まずい気持ちとで、彼から視線を逸らす。更に横に一歩動き、彼との間に見えない壁を作った。しかしそんな距離を彼は強引に詰めて、ピアスを見せびらかすように私の目線の高さに屈む。 「だし巻きちゃんが誕生日にくれたコレ。俺ちゃーんと大切に使ってるんですよ?」 「──ごめんなさいぃぃ!! だ、だって髪下ろしてる琉星くん見たこと無かったから……っ」 わざとらしい敬語が私の罪悪感を大きくする。 私は土下座でもするような勢いで彼──琉星くんに謝罪をした。謝り慣れた体は綺麗に45度を描き、それこそ情けない気持ちになる。おそるおそる顔を上げれば、琉星くんは謝罪する私で満足したのか、まあいいでしょう。と口にして、一度も立ち入った事がないキッチン横の部屋へ案内してくれた。
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