0人が本棚に入れています
本棚に追加
はぁはぁ、と息を切らした女性が、玄関を開けた。
「おかえり」
「……ただいまぁ」
「走ってきたの?」
「そう……」
走った、とあるが、彼女はランニングウェアにスニーカー、ではなく、スーツにパンプス。なるほど、最寄駅から走ってきたのか。
「なんで走ってきたの」
「そりゃぁもちろん……」
そういって、リビングに駆け込み、抱き枕に顔をうずめる。
「明日が休みだもんねー、クリス!」
抱き枕の名前を呼ぶ姉。正確には、抱き枕に使われているキャラの名だ。
「……クリス」
「はいはい。『お疲れー』」
抱き枕に声を当てる僕。正確には、ただの姉の話し相手だ。声色も全く変えていない。ただ、それで満足らしい。
「あたしねぇ、今日までずぅーっと働いてたのねぇ」
「『そうなんだ。たいへんだったね』」
「それがぁ、明日は休みなのー!」
「『よかったね。それじゃあ、明日こそ行けるの?』」
「うん!あのクソ相手先がフライアウェイしたからねっ!」
「『フライアウェイ?逃げたの?』」
「逃げる……そのほうがよっぽどマシね」
「『ってことは、いつもの接待ゴルフが消えたの?』」ここ最近、土日は1泊2日ゴルフ旅行、と言う名の接待をしているんだとか。
「そのとおり!なんでも明日はあいつら全員社員旅行らしいの!」
「『へぇ』」
「あいつらさぁ、ホントに旅行好きのヤンキーなんだよな」
「『ヤンキー?』」
「私が飛行機苦手なのに無理やり社長ご自慢のプライベートジェットに載せるしさぁ、やったことないゴルフに付き合わされたと思ったらぁ、なんにも教えてくれないしぃ、そのくせぇ、振り方が変だとか、で笑いものにされるしさぁ……」
気付いたら、今週10回は聞いた話をされている。連勤マラソンも20日を超えるとこんなに壊れるのか。
ふと気づくと、愚痴が止んでいた。なるほど。今日も寝落ちだな。
姉に毛布を掛け、今日は目覚ましを付けずにいた。
最初のコメントを投稿しよう!