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君に想いを届けたい
同じクラスの前島ヒソカ君はクールでイケメン。顔色一つ変えない無口な彼の心の内の音が聞こえる。普通は聞こえるはずがない、心のざわめきや胸キュンやウキウキが私にだけ聞こえるのだ。これは同じ教室内程度の距離ならばわりと聞こえるというヒソカ君限定の私の能力なのだ。ある日突然聞こえるようになった憧れの男子の胸の内。結構ファンが多いからちょっとやきもきするけれど、この能力は私だけのもの。
例えば、クールなヒソカ君はかわいいものを見ると胸がキュンキュンするらしい。そして、意外と怖がりで、すぐ風になびく木々のようなざわめきの音をたてる。普通ありえないことだけれど、彼の心の中を垣間見れるという行為は私にとっては嬉しい授かりものだ。
ヒソカ君を見ていると、同じクラスの気の強い沢村さんが文句をつけてくる。私の彼に熱いまなざしを向けないでほしいと文句をつけてくるのだ。ヒソカ君に知られたら、嫌われてしまうなぁと思いながら、文句を言い返すこともできない。他にもヒソカ君のファンはたくさんいるけれど、沢村さんとその周辺の女子が怖くて、表立って行為をあらわにする人はいない。
ヒソカ君は年々無口になり、心を閉ざしているような気がする。なぜだろう。特に女子の近くに行くときは、心が嫌な音をたてる。女子が嫌いなのだろうか。どことなく自信のない音だ。
緑化委員会の仕事のため水をまきにじょうろを持っていく。すると、ヒソカ君が既に水まきをしていた。ヒソカ君が入った緑化委員会は競争率が高く、じゃんけんで何とか勝ち抜いた記憶がある。
「前島ヒソカ君」と声を出す。すると、「なんでフルネーム?」と言われる。
「そんなに親しくないし」と私は答える。
するとざわざわと音が聞こえる。
「やっぱり、俺、嫌われてるのかな」
真剣なまなざしは正直カッコいい。
「なんで? 女子に人気あるじゃん」
「ウソ? 俺、女子にめちゃくちゃ嫌われているじゃん」
「どうして? 誰も嫌っていないよ」
「誰も、話しかけてこないし……。絶対嫌われているだろ」
被害妄想? もしかして、沢村さんが他の女子全員にヒソカ君に話かけないでって言ってたからかな。
「嫌われ者でもかまわねーけど」
「嘘ばっかり。ヒソカ君は優しくて感情が豊かな人だよね」
「もし、よかったらだけど、今度うちの町内会で夏祭りがあるんだ。霧島さん、来ない?」
「私の名前知っているの?」
「あぁ、知っているよ。当然だろ」
「じゃあ、行ってみようかな」
思いもよらぬ夏のデートみたいな展開になった。
夏祭りは思いの外楽しかった。知っている人に会うと、どことなくよそよそしくするヒソカ君は気を遣ってくれているのかな。一緒に食べた夏の味は忘れられない。花火も心に刻まれる。
その後、私とヒソカ君の親密な様子を知った沢村さんがクラスの女子全員に無視の命令をした。私はいじめに遭ってしまうこととなった。居場所がなく、辛くなり、学校に行けない。不安な毎日。ヒソカ君が好きだけれど、友達が去っていくのも辛い。悩まされる日々。どうやって困難を乗り切ればいいのか。自分が打ち勝つ方法はないのか。
ヒソカ君が我が家を訪問してくれた。私が学校に行かなくなり、いじめられている事に気づいたヒソカ君は動画を撮影して拡散されたくなければ、金輪際近づかないように誓約書を書かせたらしい。
「沢村さんをこの学校から消させてもらったよ。邪魔者には存在を消してもらうべきだろ」
なぜか沢村さんはこの学校にいなかった人となっていた。
不思議なことだけれど、心の音が聞こえるのと同じで、特殊な力がヒソカ君にはあるらしい。誓約書に秘密があるのかもしれないけれど、怖くなって詳しいことは聞けないでいた。
どんな形であれ、いじめを消してくれたのはヒソカ君だった。
「俺、君の心の音が聞こえるようになったんだ。それから、ずっと霧島さんの気持ちを音で楽しんでいた。勝手に楽しんでごめん」
「心の音? 私もヒソカ君の心の音が聞こえているよ」
「嘘?」
頬から耳を真っ赤に染めるヒソカ君。
「じゃあお互い様ってことだね。私、とっても不安。この先、本当の意味でみんなと仲良くできるかな?」
「大丈夫。美月の心の不安の音がする。これからは、俺が守るからさ」
「ものすごく、動揺している音、聞こえているよ」
私たちは前途多難だけれど、お互い聞こえる同士、心がわかりあえるってことかな。
今日もお互いに心の声を届け合えたらいいな。私たちの場合は特殊な形だけどね。
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