済南国

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済南国

 済南国。  ……かれらが居るところから、さほど遠くないところに位置している。  国というのは、この時代、前漢、後漢を通じ、皇帝〈(りゅう)氏〉の一族、裔孫(えいそん)(おう)冊封(さくほう)された領域を指す。  つまりはそれほど広くはないのだ。  また、時代によって廃止されたり、また復活されたりと、その変遷のありようはさまざまである。  後漢の建国者、初代皇帝の光武帝(こうぶてい)の皇子劉康(りゅうこう)が、初代の済南王となり済南国が置かれた。  東平陵・著・於陵・台・菅・土鼓・梁鄒・鄒平・東朝陽・歴城の十県が、済南国の領土である。  そして……。  つい先頃、済南国の(しょう)(行政長官)に叙勲された青年がいた。いや、青年といっても、もう三十歳である。  ようやく、時代の表舞台に登場したその青年の名は、曹操(そうそう)、といった……。 「……曹操のことは知らぬが……」 と、陳宮(ちんきゅう)が口を(はさ)んだ。 「……まずは(おもむ)くに()かず。道すがら、禹宿、あるいは銅人やらなんやらをたずね回ろう」  すると、張飛が、 「またもや三人旅かぃ……」 と、なんともいえない微妙な表情でぼそりとつぶやいた。  それを聴いた奉孝はなにもいわない、発しない。  とはいえ、 『()宿(しゅく)にて待つ』 という華佗(かだ)の伝言そのものに、それを受け止める側にも微差(びさ)があるとも考えられる。また、塔とともに消えた賊の首魁(しゅかい)やその手下どもの行方も奉孝(ほうこう)には気掛かりである。  情報を蒐集(しゅうしゅう)しようにも、いまのところは決め手となる手段は何もないのだ。とすれば、やはり済南国へ行くことが、華佗と会える確実性がもっとも高いかもしれない……と、奉孝は三人旅に希望を見出すことにした。 「おおい、義弟(おとうと)よ、オレの声が届いているかぁ?」  思いあぐねていた奉孝の腰のあたりをめがけて、張飛が大きな声を張り上げた。  タケルへの励声(れいせい)であったろう。 「やめろ……聴こえるわけはない」    こんどは奉孝が叱声(しっせい)を放った。 「聴こえない? どうして、そんなことがわかるのだ? おまえも同じように扇の中へ閉じ込められたことがあるのか?」 「いや、それはない」 「だろ? じゃ、とにかく叫び続けていれば、義弟(あいつ)を勇気づけることができるじゃないか!」 「…………」 「どうした? オレのいうとおりだろ?」  得意気に胸を張る張飛をみて、奉孝は先が思いやられて泣きたくなった。  
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