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同行四人
済南国。
……かれらが居るところから、さほど遠くないところに位置している。
国、というのは、この時代、前漢、後漢を通じ、皇帝〈劉氏〉の一族、裔孫が王に冊封された領域を指す。
つまりは諸王の領土はそれほど広くはないのだ。
また、時代によって廃止されたり、また復活されたりと、その変遷のありようはさまざまである。
後漢の建国者、光武帝の皇子劉康が、初代の済南王となり済南国が置かれた。
東平陵・著・於陵・台・菅・土鼓・梁鄒・鄒平・東朝陽・歴城の十県が、済南国の領土である。
そして……。
つい先頃、済南国の相(行政長官)に任命された青年がいた。いや、青年といっても、もうすでに三十歳である。
ようやく、時代の表舞台に登場したその青年の名は、曹操、といった……。
「……曹操という奴のことはほとんど知らぬが……」
と、陳宮が口を挟んだ。
「……まずは赴くに如かず。済南国への道すがら、禹宿、あるいは銅人やらがいかなるものか、たずね回ってみよう」
すると、張飛が、
「またもや三人旅かぃ……」
と、なんともいえない微妙な表情でボソリとつぶやいた。最初はタケルと華佗との三人であったのが、いまはその二人に代わって陳宮と奉孝になってしまった。
「いや、タケルは……ここに納まっているぞ」
言ったのは奉孝で、大扇のなかにいるはずのタケルを勘定に入れよと諭したのだ。
「じゃあ、扇を広げてみせろよ」
張飛も引き下がらない。
「だめだ」
「なんでだ?」
「ひらけば蝶が舞う」
「は……? 訳のわからないことをほざくな。おおい、義弟よ、オレの声が届いているかぁ?」
奉孝の腰のあたりをめがけて、張飛が大きな声を張り上げた。タケルへの励声であったろうか。
「やめろ……聴こえるわけはない」
こんどは奉孝が叱声を放った。
「聴こえない? どうして、そんなことがわかるのだ? おまえも同じように扇の中へ閉じ込められたことがあるのか?」
「いや、それはない」
「だろ? じゃ、とにかく叫び続けていれば、義弟を勇気づけることができるじゃないか!」
「…………」
「どうした? オレのいうとおりだろ?」
得意気に胸を張る張飛をみて、奉孝は先が思いやられて泣きたくなった。
陳宮は陳宮で、奉孝のほかに新たに張飛という多少なりとも腕っぷしのいい若者が道中に加わったことで内心ほくそ笑んでいた。配下の者が増えれば、これから会うことになるであろう曹操という行政長官にも、それなりに押しが効くというものではないか。その曹操が将来有望な者ならば、自分を参謀として売り込みやすくなる……と、陳宮はそんな算段もしている。
それに、
『禹宿にて待つ』
という華佗の伝言を受け止める側、すなわち奉孝や張飛、陳宮の間にもその理解度には微差があった。華佗の意図の内容は共有されてはいないのだ。
また、塔とともに消えた賊の首魁やその手下どもの行方も奉孝には気掛かりである。
情報を蒐集しようにも、いまのところは決め手となる手段は何もないのだ。とすれば、やはり済南国へ行くことが、華佗が投げた謎を解ける可能性がもっとも高いかもしれない……と、ひとまず奉孝はこの道中に希望を見い出すことにした。
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