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断竜斧
「臨淄の街に行きたきゃ付き合ってやってもいいが、まずは、ここから出る算段が先だろうがぁ!」
真顔になった張飛がタケルを叱咤するように怒鳴った。
おそらくはおのれの内の靄ったとした感情に苛立っていたのであったろう。
「そうですね……」
答えながらタケルが懐に手を納めると内から親指大の木切れを取り出したのを張飛は見た。
と、ぶつぶつとなにやら呪文めいた詞章をつぶやき出したタケルの掌の上の木切れが光を放ち出した。
白光ではない。
赤みも帯びておらず、緑青系の色である。
「ん……?……その色は……ま、まさか、穹蒼かっ……!」
言ったのは華陀であった。
張飛にはなんのことかわからない。けれど、いまは目の前の不思議な光景に視線が釘付けになっている。
タケルのてのひらの木切れは、少しずつ形を変化させつつ大きくなっていく……。
やがてそれは刀剣大の大きさになった。
「や……そ、それは……断竜斧かっ!」
華佗がさらに高い声を発した。
タケルに近寄ったかとおもうと、すぐに退いては躰を震わせた。
「医仙どのよ……どうされた?」
つられて張飛も叫んでいた。
「いや……わしとしたことが、久方ぶりにうろたえてしもうたわ」
華陀が含羞の笑みを湛え、しげしげと魔物を見たかのようにタケルを見据えた。
「そ、そなた……それをそれを持っておるならば、炎を待つなどじれったいことをせずとも、すぐに出られよう」
「え? どうすればよろしいのでしょう」
タケルが訊ねると、華陀は、
「その断竜斧を使えば、いつでも好きなときに内壁ごと壊すことができようぞ」
と、答えた。
「まことでございますか?」
「ふうむ……まずは間違いあるまい。まずその前に、倒れている者たちを、わしが手当しておいてやろう」
そう言うと華陀は張飛を促し、介抱の手伝いをさせた。
「医仙どの……あいつは一体、何者なんだ? あの武器は……?」
「古き伝承によれば、天から墜ちてきた塊を溶かし固めたものが原料じゃ」
「そ、それは……隕鉄のようなものか?」
張飛は意外と物識りのようである。隕鉄とは、隕石の残骸である。数多くのひとと接することで得た生の知識であったろうか。
「さよう……言い伝えによれば、そのとき伝説の刀剣組成師、許鉞が三本の斧を造った……大刀、小刀、そして諸刃の斧。見たところ、その斧にちがいあるまい。断竜斧というのは、まさに、諸刃の神器そのものじゃ」
「……ですがね、そりゃあ合点がならない! 異国からやってきたあいつが、なぜそんなものを持っている? それを医仙どのは、不思議には思われぬのか?」
「うぉほほ、益徳よ……おまえ、意外と厚みのあるおのこじゃの……ふふ、それでよい、それがよい……ともに臨淄におもむけば、さらに見聞が深まろうというものじゃ」
「臨淄にはタケルと一緒に行ってやってもいい……でも、そのあとは、おれはおれで旅を続けるぞ」
「ほ、おまえはどこをめざす?」
「辰国……」
「ふうむ、辰もまた、伝説にまみれた国だ……実在しているとはおもわれぬがの」
「ふん、医仙どのには失礼かもしれんが……あいつも曉山に棲まうなんとか仙人という奴を探すそうな。こりゃあ、旅は道連れというやつだな……」
手当を手伝いながらも張飛は華佗とのやりとりを愉しんでいるように、タケルにはみえた。それにヤマトから携えてきたこの剣のことを知っていた華陀にも尊崇の念がより湧いてきた。
けれどタケルは、断竜斧という名は初めて聴いた。
かれは陽巫女から手ずから渡されたとき、その剣の名を知らされていた。
天叢雲剣。
おそらくこちらの大陸では、断竜斧と呼ばれているのかもしれない……と、このときタケルは、それほど気にも留めなかった……。
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