1.事件は連なる

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1.事件は連なる

 その事件の梗概が世間に流れてしまうのは、その事件についての詳細の描かれた原稿を、ニュースキャスターが読み上げるよりも速かった。  この事件のこういう始まり方は、後に、情報社会とも呼ばれる現代の世相をよく表している、というふうに形容されるのだけれど、しかしこの情報の流れの速さは、そういった現代の特性によるものだけではなく――単純に、この事件の性質が、他のものとは異なるものである、というところも大きかった、と言えるだろう。  それは、第一に、殺人事件であった。  最初の被害者は都内の高校生だった。彼女は夜、珍しく空いている電車のなかで、クラスメイトとの帰宅中に、唐突に血を吹きながら倒れて、そのまま死亡した。  鑑識によって、死因は転倒時の脳挫傷である、ということが特定されたものの、血を吹いた原因は、フグ毒――テトロドトキシンによるものである、ということが明らかになった。  そして奇妙なことに、少女の学生鞄の中には、誰の指紋もついていない、黄金色の卵のおもちゃが入っていた。  このとき、警察内部で、この卵のおもちゃこそが、この事件の本質に迫るものであるということに気付いた人物は、残念ながら存在しなかった――しかしこれは、警察側の不手際というよりは、この事件があまりにも特異すぎた、というほうが適当だろう。  推理小説などのフィクションとは違い、とりわけ日本国内においては、連続殺人事件が発生する確率はきわめて低い――少なくとも、普通の殺人事件に比べれば。  そう。  第二に、その事件は連続殺人事件だった。  第一の事件から一週間と経たずに、ふたつ目の事件が発生した。  被害者は都内マンションに住む主婦であった。  彼女は、別段特筆すべき事項のない女性であった。三度目の出産が双子だったことが判明して以来、職を離れ、四人の子供の世話に大忙しであったらしい。  その日、女性は次男を習い事のピアノ教室に連れて行ったあと、スーパーマーケットのタイムセールに立ち寄り、電車を待っていた。目撃者の証言によると、しきりにスマートフォンを気にしていたらしい。  そして、電車の到着時、まるであらかじめ決めていたかのように、線路のほうに倒れ込んだ。  細切れになった主婦の遺体を回収している最中、鑑識は奇妙なものを発見する。  それは、なにもかもがずたずたになった死体の真ん中に、金色をした卵のおもちゃが見つかった、ということだった。  こうして、短いあいだに、同じ都のなかで、二件の共通項のある事件が発生したものの、しかしこれはまだ、連続殺人事件として断定がされることはなかった。  さすがに二件では、まだ連続と見て捜査を進めることは難しいだろうし、第一、主婦の事件のほうは、育児疲れからの自殺という線で、ほとんど確定されてしまっていた。  だから、その事件が連続殺人事件であると判断されたのは、三件目の猟奇的な事件が発生してからだった。  それはあからさまに殺人であったと言える。被害者には抵抗の痕跡があり、手を振り回した際にぶつけたであろう、割れた食器や食料が、まるでサラダの盛り付けのように散乱していたという。  そして、その事件は、警察よりもさきに一般客によって見つかってしまった。この事件こそが、前述したように、報道よりも先にインターネット上で情報が拡散されてしまう、という事態を招いたと言ってもいいだろう。  それは一言で言って、凄惨だった。  悲劇的であり、狂気的であり、そして何より――猟奇的であった。  その個人経営のハンバーガーショップには、調理のためであろう、ミンチ機が存在した。大胆なその機械は、かなり豪快に肉を切り刻み、ほぐし、その圧倒的馬力であっという間に肉をミンチにしてしまう。  その日、最初の客がその店を訪れたとき、その人物はどのように考えたことだろう。朝、出勤前にハンバーガーを食べて、気合を入れ、リフレッシュして会社に臨もうというときに、それを発見して、その人物はどのように感じたことだろう。  それをここで判断することは難しいし、個人の気持ちなど、他人には推し測ることしかできないのだから――というか、そもそも警察関係者でもない限り知り得ないその人物の気持ちを代弁することはできないのであえて避けるが、しかしきっと、いいものではなかっただろう。  けれど不思議ではあったかもしれない。  店の店主が、逆立ちをしているのを見て――実に奇妙に思ったかもしれない。 店主の上半身がミンチ機に突っ込まれているのだ、ということを理解するのに、数十分は時間が必要だったかもしれない。  こうして、この凄惨な光景によって、この事件のことは大きく報道され、それよりも大きくインターネット上では話題になった――早朝ということもあり、通学途中だった学生が事件現場を撮影し、拡散に至ってしまったのである。  多くの人物は、そのモザイク処理もされていない写真に気分を害したが、しかし冷静な残りの人物のうち数人は、きっと死体の傍に落ちている金色の卵のおもちゃの存在に気付いたことだろう。  そのうちのひとりが、先日の主婦の自殺のことを知っていた。  そのうちのひとりが、先日の女子高校生の事件のことを知っていた。  そして、ふたりのそばにも、同じような卵のおもちゃがあったということを、証言した。  その卵が連続殺人事件を示している、と指摘する者が現れるのに、そう時間はかからなかった。第三の事件の映像や、その他の事件の写真データなどを手掛かりに、その事件について調べ始める者が現れた。  掲示板ではその事件についてのスレッドが乱立し、ユーチューバーはその事件について触れた。ツイッターではハッシュタグが作られ、またたく間に被害者の情報や、事件当時の状況までが事細かに周知の事実と化した。  その過程で、勘のいい者が、第三の事件において、血まみれになっているはずの事件現場のなかで、卵のおもちゃだけが血飛沫を浴びていないことに気が付いた。  その瞬間、連続殺人事件の痕跡=金色の卵、という等式が成立した。
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