IN FOX AFFAIR

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 事務員がカウンセリング室を出ると同時に洋瑛は内鍵を施錠した。それから大きな溜息を吐いた後、その場でバク宙を行った。 ボン! と音がすると同時に洋瑛が大きな煙の爆発に包まれると、その煙の中から一匹の十字狐がヒョイと飛び降りた。 そう、洋瑛の正体は狐が人間に変化している狐の妖怪である。  洋瑛は人間の姿で暮らして行くためには人間の心を知る必要があると思い、一所懸命に努力を重ねて精神科医となった。精神科医になってみて気がついたことは「悩んでいる人間が多い」ということ。そして、いくらカウンセリングや薬で「落ち着かせること」は出来ても「悩みの解決」をすることは出来なかった。悩むには「原因」がある、それを絶たない限りは人の心は死ぬまで苛まれるのみだ。ならば、その悩みの原因を絶てるような精神科医になろうと考えた。  洋瑛はどのような狐妖怪であるかと言うと、齢数百年の狐妖怪。狐火を出したり、念動力で大きな物を動かしたりといった能力はない。できるのは(はぐ)稲荷(いなり)のような動物霊を自由に操ることのみ。狐妖怪からすれば「落ちこぼれ」のような存在であった。 そんな「落ちこぼれ」でも動物霊を人に取り憑かせ、狐憑きとして操ることが出来るのは最大の武器。狐憑きを駆使し、来院する患者の悩みの根本を絶つことで治療を成してきたのである。  今回の山川秋奈・相原海鈴の襲撃事件であるが…… 洋瑛が患者として来院した智也に、狐憑きをさせて行わせたことである。 狐憑きをさせる動物霊として選んだのは自宅近くの稲荷神社に勝手に居座っている逸れ稲荷。話を聞いてみればボクシングが好きだという。自分の患者である智也に取り憑かせて、智也の本懐を達成させてやるつもりだったのだ。 本来の予定は海鈴を襲撃させ、二度と表舞台に出られない程に痛めつけて智也の悩みの原因の排除を予定していたのだが、誤算が生じた。事件現場の渋谷裏通りのガード下に「偶然」秋奈が通りかかったのである。秋奈も結婚詐欺によって悩み続ける自分の患者九人(偶然にも全員秋奈の結婚詐欺の被害者であった)からすれば、排除の対象。彼らの悩みの原因の排除のために予定外の行動に出ることにしたのだった。それが、秋奈の暴行と告白動画の作成であった。動画の撮影は智也自身が行い、編集・動画公開は別の狐憑きの男が行ったのだった。 洋瑛はこのように自分の目的を達成するためのスペシャリストを自分の患者の中から確保し、いざと言う時には狐憑きで自由に操れるようにしているのである。  秋奈が渋谷駅近くのアンフォラから、ここまで歩いて来た理由は、次に騙す予定の客とのアフターの待ち合わせをしており、その通り道だっただけの話である。その客であるが、動画を見て真実を知り口を貝のように閉じていた。秋奈の方も次のターゲットに会いに行こうとしたと警察に知られることは避けたかったため、同じく口を貝のように閉じていたのであった。
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