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「わぁ」
リビングの扉を抜けた先には、様々な食材で彩られた朝食がテーブルに並べられていた。
「さあ、席に座って」
「は……う、うん」
階段を降りる時に、敬語はいらないと注意されたことを思い出す。家族なのだから、変に畏まるのは良くないか。
母さんの料理はとても美味しかった。凄く懐かしさを感じるけれど、やっぱり思い出せない。
「母さん。僕は何をしたら良いのかな?」
「洋介の好きなように過ごせば良いわ。母さんがしっかりサポートするから」
好きなようにって……。そんなもの、自分自身のことが何も分からないんだからあるわけないのに。
自然と箸を持つ手に力が入る。目が覚めたら何もかもを忘れていて、こんな状況でしたい事なんて……。
「僕は……どんな生活をしていたの?」
「そうね、絵を描くのが好きだったわ」
母さんは何かを思い出すように呟いた。笑みをこぼして、昔の僕を振り返るように。
けれどそれは翳りのある、貼り付けたような笑顔のように見えた。
それから無言の時間が続いて、朝食を食べ終わった時だった。
「おはようございまーす!」
女性の甲高い声が扉の外から聞こえてきた。
「な、何だ?!」
僕は驚きのあまり立ち上がった。母さんを見ると、キョトンと首を傾げている。
二人暮らしのはずなのに、他の誰かの声が聞こえるなんておかしいでしょ?!
僕が必死に扉を指差すと、母さんは納得したように「ああ」と呟いた。
「彼女さんが来たのよ。会ってきなさい」
「か、彼女?!」
ノートのメモによれば、ずっと僕を支えてくれた大切な人……。
母と同様に、彼女は僕を知っていて、僕は彼女を知らない。
けれども不思議と彼女に会うことに躊躇いはない。彼女という響きが良いからか分からないけど、母と対面する時の恐怖は感じなかった。
ドアノブに触れる。この先に彼女が待っている。
一呼吸おいて、僕は扉を開けた。
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