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自室に戻ると、彼女がベッドの上にちょこんと座っていた。
よくよく考えたら、彼女とはいえこんなあっさりと男の部屋に入っても良いものなのか。
母さんからは二人で遊べといわれたけど……何をすれば良いんだ?
「とりあえず、自己紹介するね!」
「お、お願いします」
「名前は知床アン。好きな人は洋介くんで、好きなことは洋介くんの絵を見ることです!」
ウインクを華麗に決めて、彼女の自己紹介は終わった。
……とりあえず名前は分かったとして、これからどうしようか。
「ん?」
好きなことは僕の絵を見ること、とアンは言った。朝食の時にも、母さんから僕は絵が好きだって言っていたな。
机に視線を移すと、やはり筆や絵の具で散らかっている。
「洋介くん、『絵』描いてみない?」
僕の様子に気づいたのか、アンは小悪魔のように微笑んで誘ってくる。
「でも、記憶がないからどう描けば良いかも分からないし」
「大丈夫大丈夫、とりあえずやってみようよ」
まあしたい事なんてないし、アンを困らせるのは申し訳ない。彼女自身が乗り気なら、僕も安心できる。
椅子に座って、筆を取る。引き出しから白紙を取り出して机に固定した。
……あれ、どうして僕は引き出しに白紙がある事を知っていたんだ?
「そうだ。筆を取る前に、下書きをしないと」
……僕は今なんて呟いた? 絵の描き方なんて分からないはずなのに、無意識に手が動く。
準備が一通り終わった。何を描くか、アンに決めてもらおう。
「何を描こうか?」
「じゃあ、私の似顔絵描いてよ!」
彼女の似顔絵か……。まあ、何でもいっか。
アンはベッドに座り直して、枕を胸元に抱き寄せる。そのポーズを描いてほしいのか。
アタリをとって、いざ筆で描いていく。
やはり僕の腕は迷いがないように、すらすらと彼女を形作っていく。
「……できた」
「見せて見せてー!」
自分でも驚くほど、完成度が高い。アンも満足げに自身の似顔絵を見て、顔を綻ばせている。
「次、これ描いてー!」
「まだやるの?!」
アンはまた別のポーズをとる。
それから夕方になるまで、僕の腕が休まることはなかった。
「じゃあ、また明日!」
やっと一息ついて休憩していると、アンは別れの挨拶をして、足早に階段を駆け降りていった。
僕も急いで降りたけれど、アンの姿はもう無かった。母さんも足音に気づいたのか、リビングの扉から顔を出した。
「もう帰ったの?」
「……そうみたい」
「じゃあ、夕食にしましょう」
それから母さんとの夕食を楽しんで、この日はそのまま眠った。
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